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ブラックウェルは彼の小隊に配属されて、心底運が良かったと思う。第2小隊長のボイドラーは勉学は達者だが、演習では稀に状況把握能力の欠如から誤判を下す。 無能な上官の下で実戦に赴く程、怖い物は無い。 「その怪我は何か聞かれるかもな」 貴方は聞かないのか、と適当なアッカーソンの態度にブラックウェルは閉口した。 兵士間の喧嘩は御法度だ。増してや、訓練兵など。 「おいで」 やけに整った顔立ちが、半分此方を向いて部下を呼んだ。日差しの中さっさと先を行く長身に、ブラックウェルは目的も知れぬまま追従した。 アッカーソンとブラックウェルは、演習場を過ぎて中隊本部の方角へと肩を並べて歩いた。思えば、小隊長と2人きりの空間は初めてだった。 小隊の様子でも聞いてくるかと思いきや、上官の話は中隊長のメドウズとオックスフォード、そして友人らしい大隊付の少尉への愚痴が8割を占めた。 しかもその内容が傑作だった。 特に誰も触れようとしなかったメドウズの――無理矢理下手クソに指を鳴らす所作に言及した際には、ブラックウェルは思わず声を出して笑ってしまった。 2人がそんな下らない話題で盛り上がっている間に、中隊本部の何処か小ぢんまりとした建物が見えてきた。 アッカーソンは部下を連れ、ノックも無しに2階の事務室の扉を開けた。部下を手近な椅子に座らせるや、お構い無く好き勝手に戸棚の中を漁り始める。 ブラックウェルが呆気に取られている間に、開きっ放しの扉から黒髪の将校が現れてアッカーソンを呼び付けた。 「おいエル、今暇か?」 姿勢が綺麗で、やけに品のある佇まいの男だ。 物色する手を休めず、「忙しい」と返事だけ寄越した相手に彼は渋面を作った。 次いで手前に掛けたブラックウェルの姿に今気付いたのか、大仰に驚いてみせ、まじまじと眺める。 「おお…ブラックウェルじゃねえか、どうした」 「…俺を御存じですか?」 「知ってるも何も、有名人だろお前」 言いながらアッカーソンに近寄り、書面で相手の肩をつついた。漸く振り返った男がそれを奪い取り、凡そ文字とは言い難い筆記体を目にして無言になる。 「解読してくれ」 「無理だろ、象形文字かと思ったぞ」 「良いから早くしろ。序に今度、大隊長に書き方から習えと進言しとけ」 マクレガーは親友から何処から発掘したのやも知れぬ救急箱を引っ手繰った。眉間に皺を寄せて書面を睨み始めた相手を余所に、ブラックウェルの隣に腰を下ろす。 「初めましてだったか、キース・マクレガーだ。宜しく」

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