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見た事が無い顔だった。握手を求める将校に応じて、ブラックウェルも恐縮しつつ左手を差し出した。
類は友を呼ぶとは良く言った物で、マクレガーの容姿も文句無しの一級品だった。2人が並んで歩けば、さぞかし目立つだろう。
「少尉…その、どうかお構いなく」
救急箱を開き、自ら手当をし始めたマクレガーを慌ててブラックウェルが静止する。
「気にするな、ついでだ…それはそうとお前、奴に目を付けられたな」
長い指先が伸びて、口元の傷を消毒した。
されるがままで居心地の悪そうな部下に目を細め、ハスキーな声を殊更に潜めて忠告する。
「気を付けろよ、鳥籠に放り込まれる前に」
理解の追い付かないブラックウェルが眉を寄せた。
然れど何事か聞き返す前に、今まで後ろで大人しくしていたアッカーソンが厭悪を滲ませて横槍を入れた。
「おい、口説くなよ妻帯者」
「誰がそんな事するか糞野郎…お、読めたか?貸せ」
マクレガーは立ち上がり、アッカーソンが翻訳を書き加えた書面を取り上げた。そうしてざっくりと目を走らせ、オックスフォードの悪筆を攻略した友人に感嘆の声を漏らした。
「さすが次期副隊長殿、お陰で同僚の首が繋がった…じゃあなブラックウェル、頑張れよ」
言うが否やマクレガーは書面を手に部屋を出て行った。悠長に二等兵の治療をしていたが、実情はかなり切羽詰まっていたらしい。
仏頂面で見送るアッカーソンに救急箱を返し、ブラックウェルは彼が去った後の扉を見やる。
「小隊長が仰っていた大隊付の親友とは、マクレガー少尉の事ですか?」
「良く分かったな。俺を蔑ろにしてるのが顔に出てるだろ、嫌な野郎だ」
仲が良いのか悪いのか、今一分かり辛い関係である。
「それはそうとブラックウェル、夜中に兵舎を度々抜け出してるらしいな」
いきなり飛んで来た追及にブラックウェルは動揺した。が、どうにか平然とした態度で誤魔化して冗談を並べる。
「自分はその…夜中に徘徊する癖がありまして」
「いつも上官の兵舎の方角に消えると聞いた」
畳み掛ける様なアッカーソンの指摘に、ブラックウェルは何と言って良いやら計れず黙った。
上官は抱えていた紙束を机上に降ろし、伸びをして凝り固まった肩を解していた。
「まあ、何かあったら言えよ」
何とかしてやるから。そう言ったアッカーソンの手元に、ブラックウェルが見た事も無い様な複雑な天気図や地形図の資料が紛れているのを見つけた。
中隊長や付きの将校らをすっ飛ばし、オックスフォードと一体何の話をしているのか。
ブラックウェルは答えあぐねて敬礼のみを返し、退室すべくドアの取っ手に手を掛けた。
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