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その夜、消灯の時分にブラックウェルは窓から兵舎を抜け出した。足音を消す為ブーツを脱いで降り立ち、夏の夜の蒸し暑い敷地を歩く。 向かう先は副隊長・レネハンの自室だ。 同僚らの揶揄に逐一反応する気は無いが、確かに懲罰と称して自分だけ頻繁に呼び出されるのは可笑しな話だった。 先日は清掃をおざなりにした罪、その前は食堂で揉め事を起こした罪、更にその前は窃盗の濡れ衣をでっち上げられた事もあった。 そうしてやけに愉しそうに夜間に呼びつけ、部屋で只管に反省文に向かわせたり、間近に腰を据えてプライベートな質問を浴びせたりする。 別に閑却しておけば良かったが、ブラックウェルは仕送りの為に未だ追い出される訳にいかなかった。 舌打ちをして、離れた上官の兵舎まで足早に急ぐ。 辿り付き、出迎えたレネハンに締りの無い顔で肩を抱かれ、中へと通された。 「今日は服装の乱れを注意しようかと思えば…何だお前、また喧嘩をやったのか?」 態々口元に触れようとする手を避け、ブラックウェルは否定とも肯定とも付かない答えを寄越した。 あれは何と言うか、正当防衛だろう。 「俺は心配してるんだマリア、お前が孤立してしまうのはどうしたって…」 「俺が一人なのは好き好んでそうしているんです。御心配無く」 相も変わらず無愛想な部下を、レネハンは上から下まで舐め回す様に見ている。 ブラックウェルはこの上官の、纏わり付いて離れない視線が兎に角苦手だった。 「俺に噛み付く事は無い…本当の気持ちを言ってしまって構わないんだ、寂しいんだろう」 レネハンが、妙に昂った目で此方に詰め寄った。思わずブラックウェルは後ずさるが、早々に上官の腕が伸びて華奢な体躯を掴んだ。 反応する間も無く、抱き締められた。 嫌に熱い男の腕の中で、咄嗟に振り払おうとして不発に終わる。 閉じ込めた愛しい姿に、レネハンは力を込め首筋に唇を寄せた。背筋を悪寒が貫き、ブラックウェルの双眼がついと見開かれた。 「愛してる、俺が、幸せにしてやる」 この夜上官が吐いた台詞は、懲罰でも警告でも何でも無かった。ただ愛を告白し、一人の男として目の前の痩身を慈しんでいた。 突然の展開に鼻白み、ブラックウェルは身動きが取れぬまま台詞の意図をどうにか噛み砕こうとする。 一体、この男は何を言っているのか。 理解が追い付かず、眉根を寄せて自分を拘束する上官を睨めつけた。 「…マリア」 至近距離で上官が見詰めた。 青い瞳の総毛立つ程の真剣さに、ブラックウェルは漸く危険を感じて身を竦めた。

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