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この日幸運な事に、偶々兵舎を抜け出す彼の姿を、とある将校が目撃していた。その将校とは、天候の行方を気にして演習場の付近をうろついていた中隊長、メドウズその人であった。 彼も勿論C中隊員らの噂は耳にしており、実際に現場を見たとなっては真相を確かめない訳にいかなかった。 こっそり部下の後をつけ、それがレネハンの部屋に消えるのを目睹していたのである。 そうして静まり返る一室を不審に思い、まさにこのタイミングで扉を無遠慮に叩いた。 「――おい、レネハン。開けろ」 廊下から響く中隊長の声に、レネハンは舌打ちして面を上げた。不承不承部下の身体を離し、煩わしそうに解錠して扉を開く。 仏頂面のメドウズが訝しげにレネハンを見やり、部屋を一望して立ち竦むブラックウェルを捉えた。 「何をやってる?消灯は過ぎてるぞ」 「中隊長…ですから、ブラックウェルの素行について指導を…」 「俺がエルバートから受けた報告では、特に問題無い様だったが」 「あの男の粗放さはご存知でしょう!何にせよ…まあ良い…少し此方に来て貰えますか、大尉」 レネハンは部下を気にしてメドウズを廊下に追いやった。眉間に皺を刻む中隊長にお構い無く、声を顰めて妙に熱っぽく事の実情を語り始める。 「ご存知ないでしょうが、ブラックウェルは兵舎で同期に襲われたんですよ。俺が居なければどうなっていたか…」 「何だと?それでお前が毎晩匿っていたとでも?」 「そういう事です。ご理解頂けたなら、次からは目を瞑っておいて貰えますか」 「馬鹿言え、別室が手配できるか検討してやる。今日はゲストルームが空いてるから、其処でさっさと寝かせてやれ。明日も早いんだ」 メドウズの至極常識的な対処に、レネハンは露骨に悄然として仕方なく了解の旨を呟いた。背後の部下をメドウズが窺うと、その視線に気付いた相手が静かに目礼だけを返してきた。 手の付けられない狂犬だと第1小隊の軍曹は唸っていたが、メドウズが受けた印象は随分と異なった。 姿勢が良く、大きな瞳は険しいが理知的で、非常に澄んだ理性を湛え輝いている。 頭の良い男なのだろう。何処か、何となくだが、不遜な小隊長と重なるものを見出してメドウズは腕を組んだ。 「ブラックウェル、明日はかなり大規模な演習をやるぞ。気合を入れて行け」 Sir、と部下は了解に乗せ、不敵な笑みを寄越した。 結果によっては早々に昇進させる事も考え、メドウズは深く頷いた。 矢張りこの青年には、指揮官としての才覚が眠っている様に思えてならなかった。

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