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少し湿った羊皮紙を万年筆が引っ掻く。 往復し、弧を描き、勢い良く跳ねてまた回る。 不規則な音を耳にしながら、ブラックウェルはただ腕を組んで壁に背を預け、外の喧騒に反して静まり返った一室の隅で息を潜めていた。 向かいでは、アッカーソンが師団長に宛てた文面を認(したた)めていた。 彼の纏う落ち着いた空気は何て事は無く、まったくのいつも通りだ。ブラックウェルは自分だけが、今にも吐きそうな程緊張している事実に表情を強張らせた。 窓の外をもう何台目か分からないトラックが通り過ぎた。途切れなく落ちて来る雪が、次第に舗装された道路を埋めていく。 不意に、静寂を破っていた音が止んだ。 筆を置いたアッカーソンが立ち上がり、窓脇に佇んで控えていたブラックウェルは首を擡げ姿勢を正した。 「待たせたなマリア。行こうか」 手紙を4つ折りにして上着に挟み、机上を片付けながら上司が告げた。直ぐ様了承を示し、ブラックウェルは彼の上着を用意しようとクロークへ向かった。 ドアが開き、外から冷気を伴い将校が入って来た。 顔を上げたアッカーソンは、相手を認識するや上着に仕舞ったばかりの手紙を乱暴に押し付ける。 部屋に現れたのは副連隊長のモーズレイだった。彼はアッカーソンが無言で寄越した物を見て引っ手繰る様に受け取り、4つ折りのそれを開いて端から目を通し始めた。 「…相変わらず不躾極まりない文章だな、字体は綺麗なのが更に腹立たしい」 「ご不満なら破いて頂いて構いませんが」 「そうしてやりたい所だがそうもいかん様なんだ」 ブラックウェルは背後の会話に意識をやったが、内容は何を話しているのやらさっぱりだった。クロークを開け、自分には関係の無い話だろうと注意を逸らしかける。 ところがその矢先、モーズレイが発した台詞が部下の手を止めた。 「先方のお嬢さんがお前の写真をご覧になって、すっかり騙されてしまったらしく…早く会わせろと頻りに仰るそうだ」 危うく手を滑らせる所だった。 モーズレイが持ち出したのは、どう解釈しても見合いの話だった。 「それは敵軍に言って貰いませんと何とも」 「分かっとる。最低でも来月でないと話は難しいと伝えてるが、師団長の方ももうかなりその気なんだ。お前も腹を括っておけよ」 あと、さっさと支度をしろ。モーズレイは眉間に皺を寄せ、外に待たせた車を示す様に顎をしゃくった。 「マリア」 己を呼ぶ声に引き戻され、ブラックウェルは慌てて上着を手に上司の下へ急ぐ。 運転手が後部座席のドアを開け、大隊長に敬礼した。短く返礼したアッカーソンがジープに乗り込み、部下から上着を受け取って隣に座らせた。

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