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「いつかはこうなると思ってた」 壁に背を預け、薄暗い床を睨んだマクレガーが言った。傍目には涼しい表情に反して、指先は白くなる程握り締められていた。 「ただ近日中にもう戦争が終わると聞いて、やっと杞憂に終わったんじゃないかと、さっきまではそう…」 アッカーソンは部屋の端で黙っていた。 友人は煙草に火を点け、灯りのない室内に紫煙を吐き出した。 隣の長椅子には、ぐったりと気力を失くしたダンが転がっていた。事を知って病院に駆けつけるなり、与え得る限りの血液を抜けと看護婦に迫った結果だ。 「今にも俺を殺しそうな面だな」 不意に発せられた台詞に、マクレガーは顔を上げた。相も変わらず、毛ほどの動揺もない相手が其処に居た。 「…勘違いするな、お前を恨んでもどうしようもない事くらい分かってる」 「もう難しいそうだ」 空気が凍り付いた。 マクレガーの煙草を掴んだ指先が、ひくりと痙攣した。 「当たり所が悪いと言っていたが…どうだかな。手術に耐え得る体力が無くて、施し様が無いのかとも思ったが」 静かに言葉を紡ぐ男を、ただ何も言えず見ていた。 その平静さが苛立たしくも、マクレガーはもう、相手に掛ける言葉を見失っていた。 命を賭して護られたこの男は、果たして如何程の責任を感じ、瀕死の部下に何の感情を抱いたのか。 飛び込んだ部下の行動に、本当にそんな価値はあったのか。 もしも自分があの時、追い掛けて、無理矢理にでも縋っていれば。 そうすれば図らずも、違う未来があったのだろうか。 苦悩し、同時にそれらが全て愚問だと知った。マクレガーは無駄な思考を止め、今を打開する事に専念しようとした。 何も言わず踵を返し、部屋を後にした彼を見送り、2人が取り残された。 先に沈黙を破ったのは部下だった。彼は漸く上体を起こしたものの、酷い眩暈に襲われ、額を押さえて口を開いた。 「少佐は、山登りのご経験は?」 何とも突飛な質問だった。 アッカーソンは珍しく不意を突かれた様に目を丸くして、顔色の悪い部下を見やった。 「俺はガキの頃はもう、毎日。勝手に親のバイクを借りて、いつも川の前で乗り捨てて、それからは只管に時間の許す限り歩き回って…まあ、田舎だったのもありますが」 返事も待たず、ダンは勝手に話を続けた。 無音の室内に、彼の落ち着いた声音がじわりと広がった。

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