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5-2
「いつかはこうなると思ってた」
壁に背を預け、薄暗い床を睨んだマクレガーが言った。傍目には涼しい表情に反して、指先は白くなる程握り締められていた。
「ただ近日中にもう戦争が終わると聞いて、やっと杞憂に終わったんじゃないかと、さっきまではそう…」
アッカーソンは部屋の端で黙っていた。
友人は煙草に火を点け、灯りのない室内に紫煙を吐き出した。
隣の長椅子には、ぐったりと気力を失くしたダンが転がっていた。事を知って病院に駆けつけるなり、与え得る限りの血液を抜けと看護婦に迫った結果だ。
「今にも俺を殺しそうな面だな」
不意に発せられた台詞に、マクレガーは顔を上げた。相も変わらず、毛ほどの動揺もない相手が其処に居た。
「…勘違いするな、お前を恨んでもどうしようもない事くらい分かってる」
「もう難しいそうだ」
空気が凍り付いた。
マクレガーの煙草を掴んだ指先が、ひくりと痙攣した。
「当たり所が悪いと言っていたが…どうだかな。手術に耐え得る体力が無くて、施し様が無いのかとも思ったが」
静かに言葉を紡ぐ男を、ただ何も言えず見ていた。
その平静さが苛立たしくも、マクレガーはもう、相手に掛ける言葉を見失っていた。
命を賭して護られたこの男は、果たして如何程の責任を感じ、瀕死の部下に何の感情を抱いたのか。
飛び込んだ部下の行動に、本当にそんな価値はあったのか。
もしも自分があの時、追い掛けて、無理矢理にでも縋っていれば。
そうすれば図らずも、違う未来があったのだろうか。
苦悩し、同時にそれらが全て愚問だと知った。マクレガーは無駄な思考を止め、今を打開する事に専念しようとした。
何も言わず踵を返し、部屋を後にした彼を見送り、2人が取り残された。
先に沈黙を破ったのは部下だった。彼は漸く上体を起こしたものの、酷い眩暈に襲われ、額を押さえて口を開いた。
「少佐は、山登りのご経験は?」
何とも突飛な質問だった。
アッカーソンは珍しく不意を突かれた様に目を丸くして、顔色の悪い部下を見やった。
「俺はガキの頃はもう、毎日。勝手に親のバイクを借りて、いつも川の前で乗り捨てて、それからは只管に時間の許す限り歩き回って…まあ、田舎だったのもありますが」
返事も待たず、ダンは勝手に話を続けた。
無音の室内に、彼の落ち着いた声音がじわりと広がった。
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