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「頑張ってもこれ以上は登れない限界があって、その先は俺にとって果ての無い魅力でした。同級生は釣りだの虫だの…掴まえる事に夢中でしたが、俺は何と言うか…まあ、手の届かない、自然の姿がとんでもなく好きだった。特に花は、泥だらけになって捜しに出掛けたり」
「…採集に?」
「いいえ、小心なもので。手折った途端に色褪せてしまうのが怖くて、とても。眺めて旱魃には水をやって、それだけです」
肩を竦めて口端を上げる。
脳裏に少年時代の部下を浮かべ、アッカーソンはらしいなと思った。
ダンはとても優しい。まるで子どもを慈しむ様な、無条件の愛を持っている。
「俺は少尉が好きでした」
何て事無い風に、明日の予定でも告げる様にダンが言った。
「…ただ矢張り、どうしても摘み取るなんて、到底出来兼ねた。もしかすると貴方を一心に見詰める、その姿に恋をしていたのかもしれませんね」
自嘲する部下が何故だか、アッカーソンには酷く眩しく映った。これほど素直に己の中身を零す男を、見た事が無かった。
ふと、あの首筋の痕を残したのは、この部下ではないかと思い至った。けれど、何ら追及もせず、アッカーソンは黙って彼の言葉を聞き続けた。
「そんな臆病な男から、1つ…最後のお願いが」
ダンが久方振りに面を上げた。
その瞳はとても綺麗なライトブルーで、最奥に燻ぶる何かを覗かせていた。
「あの人を、呼び戻してやってくれませんか」
囁く様に部下は言った。
それを、微動だにせず見詰めた。
「俺でも大尉でも、他の誰でも無駄だ。貴方が…」
燻ぶる何かが、感傷だと気付いた。
「貴方でないと、駄目なんだ。アッカーソン少佐」
こんな時でも、部下は微笑んでいた。
腹の奥底に秘めた、傷の痛みに僅かに眉を顰めて。
この瞬間に目前の未だ年若い青年から、目に見えない何かを粛然と託された心地がした。
とても厳かに出来ない様な、何よりも重いものを。
「仮に届かなかったとしても、どうか忘れないでやって下さい」
本当に、愛していたのだ。
再び目を伏せて歎願する、その姿を見て確信した。
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