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「貴方の中で、生かして、いつも…側に居れる様に」 愛する人の命の瀬戸際で、それでも静かに祈る部下は凛々しく、強かで、そして悲哀に満ちていた。 その身が倦怠感に襲われ、息を吐いて壁に投げ出される。 血色の悪い相手に言葉を返そうとして、遮る様に一室のドアが開いた。廊下の光を背にして、血塗れの軍医が此方を覗いていた。 「手は尽くしたぞ。後は神に祈るなりしろ」 仰け反らせていたダンの首が其方を向いた。次いで、アッカーソンを振り返る。 「、少佐」 最後の希望に縋るかの様な目だった。その視線に、アッカーソンは何も言わず立ち上がった。 軍医を一瞥し、脇を擦り抜けて廊下へと歩き出す。遠ざかる姿を見据えるダンに、軍医は額を掻きながら問うた。 「具合はどうだリーガン」 「最悪です」 「だろうな、お前も一緒に押っ死ぬかと思ったぞ」 ダンは再び硬い長椅子に寝転がった。 最後に映った翡翠の力強さを想い浮かべ、大丈夫と。朦朧とする頭の中で、何度も繰り返す。 斯くも悲劇的な結末が、あって良い筈が無い。 余り信じていなかった神に祈り、静かに自らの胸に十字を切った。 見た事も無いくらい、穏やかな表情をしていた。吸い寄せられる様に傍らに近付き、腰を下ろしてその頬に触れた。 とても、静かな空間だった。 他に傷病兵も居らず、柔らかい風が干されたシーツを浚い、鳥が愛らしく囀った。 今にも消え入りそうな部下の手を掴まえ、温かみの無い指先を握り締める。 「…凄い奴だな、アイツは」 アッカーソンは手摺りに頬杖を突き、白い顔を眺めて言った。 「俺があの年の頃には、もっと遊び回ってたもんだが」 木漏れ日を浴びる睫毛がきらきらと光っていた。 久方振りにこんなにじっくりと部下の顔を見た。何せいつも、返事をする頃には地面に向けられていた。 「ダンとの事も知らなかった。お前は昔から自分の事を話さないからな、履歴書で分かる項目くらいしか…」 脳裏にダンの真っ直ぐな眼差しが浮かんだ。 誠実に想いを語った、その柔らかな口調と共に。 「いや…それは俺も同じか」 開けっ広げに見せないのはどうしようも無い癖だ。 過酷な境遇で育ったアッカーソンに取って、自分を開示する事が如何に不利益か、身に染みついてしまっていた。

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