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「…初めてお前を見た時、なんて言うかな、本当に利口な目をする奴だと驚いたよ。しかも次の瞬間には弾けた様に破顔するものだから、無邪気なのか計算高いのか、正直訳が分からなかった。蓋を開けてみれば、底無しに良い奴だったんだが」
独白の合間に部下の飴色の髪を撫でた。アッカーソンは漠然と、始まりの時を頭に描いた。
真夏の陽射に覆われた基地の中。
いつしか自分とマクレガーの世界に、ごく自然にその姿は加わった。
中隊事務室で誕生会だと言うや、呆れた顔で至極常識的な返しを寄越して、それでも結局最後には酒を用意して現れた。
少し斜めに此方を見上げて、冗談を言えば可笑しそうに相好を崩す。話に悪乗りして、2人で収拾が付かなくなって、顔を見合わせてどちらともなく笑った。
無理難題を吹っ掛けてみれば眉を寄せて窘められ、けれど次第に困った顔で溜め息をつき、並んで付き合ってくれた。
気付けば隣に居て、静かに傍らを歩く姿があった。
困らせて、その顔を見るのが好きだった。
我儘を指摘して、直後にふと動きを止めて噴き出すその表情が、堪らなく安心した。
必要になっていた。
なのに、戦時下のこの世において、今初めて失う未来を想像して、とてつもない喪失感に見舞われた。
「マリア、俺を愚かだと思うか」
初の降下訓練を終えた後に休暇を貰い、3人で海に車を走らせた。
初めて実物を見る部下の様子が純粋で、可愛らしくて、あらぬ事を吹き込んでは親友に叱られた。
波打ち際で馬鹿をやっている間に、どちらも頭からずぶ濡れになった。また叱られて、にも関わらず部下の瞳は子供の様に輝き、突飛な悪戯に出た。
予想外の行動に、親友も対処出来ず海に落とされた。
笑ってはしゃぐその様子が、何の取り繕いもなく曝け出されていて、ただ眩しかった。
目に焼き付いている。限りなく鮮明に思い起こされる。
「今になってお前に言いたい事が、呆れるほど出て来る」
別に起業なんてどうでも良かった。
戦争と共に2人の関係が終わったとして、願ったのは1つ。
隣に居て欲しかった。
家を借りて、下らない話に花を咲かせて。
今までの写真を飾って、思い出してまた笑う。
そんな簡単な事を伝える術なんて、数え切れないほど存在した筈で、一体どれほど時を巻き戻せば過ちを正せて、望んだ光景が其処に在ったのか。全部、馬鹿らしいほど今になって、只菅。
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