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部下は一頻り痛がり、此方を非難した後、顔を上げて急にいつもの口端を上げる笑みを湛えた。
気味の悪さに訝しげな視線を向けるも、サムは居住まいを正し、似合わない咳払いをして言った。
「少尉、俺の貴方の評価は点数じゃあ難しいので、文章で述べますが…」
何を言い出すかと思えば。
ブラックウェルは面食らう。
「最高でしたよ、少尉。俺みたいな馬鹿が今生きてられるのも、アンタが居たからこそですよ。最初は稼ぎに仕方なく志願して、隙を見て脱走してやろうかとも思ってたけど」
照れ臭そうに部下は頭を掻いた。一寸目を逸らす様が、逆に彼の本気を露呈させた。
「この2年間が…人生で一番楽しい事があって、そりゃ死にたくなる事の方が多かったんですが、でも…ああ、だから要するに」
サムは、呆ける相手に勢い良く右手を差し出した。
「貴方が俺の上司で良かった。それだけです」
生真面目な顔の部下をまじまじと直視する。
何だか気恥しさが此方まで伝染してきそうで、ブラックウェルは早々に握手を済ませ、礼を告げた。
妙な沈黙が流れた。
一寸置いて部下は相好を崩した。そして殊勝な態度を引っ込め、またいつものふざけた声色に戻して言った。
「大好きですよ、少尉」
「俺もだサム」
2人は顔を見合わせ、暫し見詰め合った後、噴き出した。
サムが腹を抱えて笑うものだから、巡回していた看護婦が目を吊り上げてカーテンを引いた。
「――また貴方たちはもう!悪い子ね!あら少尉、その指に挟んでらっしゃる物は何かしら…私昨日も一昨日も注意しましたことよ」
年配の看護婦は目ざとく指摘し、然れど直ぐに息を吐いて怒らせていた肩を弛緩させた。
「…まあ今日は構わないわ。ドクターが最後の検診をしたら、もう退院して良いそうですから。寂しくなるわね」
看護婦の知らせに、サムはきょとんと上司を見やった。
「帰るんですか」
「ああ」
少し思案して、サムは手帳を出した。
最後の項に何か書き記し、破いて相手に差し出した。
「俺も来月中には実家に戻ります。また飲みにでも行きましょう」
紙片を受け取り、ブラックウェルは了承した。部下が満足そうに立ち上がる。
看護婦が表情を綻ばせてその光景を見ていた。
サムは出口に向かい、立ち止まり、最後の敬礼をして部屋を去って行った。
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