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帰りの車はなんとオックスフォードが運転する事になった。
一体何がどうなってそうなったのか。
唖然とするブラックウェルが聞いた所によれば、アッカーソンを引き止め損ねた連隊長が悔しがり、ならばせめて送らせろと運転手を押し退けたらしかった。
大佐にハンドルを握って貰う異例の事態が生じた訳だが、アッカーソンは相変わらずだった。
モーズレイと共に師団長からの手紙を朗読する上官を、車輌に凭れて酷く煩わしそうに見ている。内容は見合いを辞退した部下に対する苦言と、その他諸々に対する称賛だった。
「…良いか、これが俺の家の住所と番号…これが会社の方の番号、日中はこっちだ」
一方、マクレガーに捉まったブラックウェルは、次第に隙間の無くなる羊皮紙を微妙な心地で眺めていた。
彼は自分を引き寄せるなり、目の前で紙片にこれでもかと連絡先を記し始めた。
曰く、相談する先は多いに越した事が無いそうだ。
親友を何だと思っているのだろう。
当惑しつつも相槌を打つ部下の背後から、アッカーソンが苛ついて文句を寄越した。
「いい加減にしろキース…大体お前の会社、相当近いだろうが」
そうなのだ。
結局この2人は終戦後も何やかんや、顔を合わせるのだろう。
ブラックウェルは笑っていつもの様に競り合いを始めた両者を見守った。
マクレガーが事務所を郊外に移したのも、アッカーソンが態々会社の予定地から離れた家を借りたのも、偶然とは到底言い難かった。
ただ指摘でもしようものなら、確実に彼らは機嫌を悪くするだろうが。
「おいマリア、そろそろ行くぞ」
話は終わったのか、西日の差し始めた路上でアッカーソンが振り返った。
ブラックウェルは顔を上げ、慌てて申告する。
「すみません、あの、もう一件だけ用事が…」
灯火管制が解かれた青空に紫煙を吐き出す。ダンの隣では、親友が後輩を相手に下らない冗談を披露している。
まるでやる事が無いくらい、平和な日々が流れていた。
訓練ばかりの日常に戻り、あの生死の瀬戸際の光景が夢にさえ思える。
「…それで、ナイマン一等兵はどうされたんです?」
「そう、其処でだな…何か擽ったいな、ジャスティンで良いよ」
後輩にデカイ顔がしたい、と言い出して招集した割に、早々にジャスティンは先輩風を吹かす事に音を上げた。
ダンはその様を見て笑ってしまった。
輪から立ち上がった親友が、恨みがましい目でやって来る。
「やい、何笑ってんだダン」
「笑ってない」
「…まあ良いや、お前が3階から飛び降りて複雑骨折した話でもしてやるよ」
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