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Side A

Side A  今日は小松先輩が見られなかった、だとか話し掛けてきてくれた冷生(れいおう)くんにちゃんとさようなら言えなかっただとか今日振り返ることは沢山あるけど、でも真っ先に多分、今はすぐに鷲宮先輩に謝らなきゃいけないんだと思う。おれが謝る理由とか特に思い浮かばないケド、空気がとにかく謝れってそう言ってる。おれの手を掴む力は強くて容赦ないし、さっきから何も言わないし、何より表情がなくて怖い。 「鷲宮先輩!」  何度目だろう、呼んでも呼んでも返事がない。分かってる。こういう日はいつものアレだ。どうしてか鷲宮先輩に嫌われてしまったおれは時折こうしてアレに付き合わされる。痛いやつ。つらくて、怖くて、寂しくなるやつ。男同士でするには少し、というかかなり、難しいやつ。どうしておれなんだろ、って考えると、やっぱりおれが嫌いだから、以外に答え浮かばない。女の子と同じことを、おれにするのが鷲宮先輩なりのおれへの嫌がらせなのかな。 「お前、さ」  鷲宮先輩の自宅前。突然立ち止まっておれを振り返る。おれはいきなりすぎて止まりきれず、振り返った鷲宮先輩の身体へそのまま進んでしまった。両腕を広げられてそこで何とか立ち止まる。目と鼻の先に背の高い鷲宮先輩の鎖骨がある。ふわりとした鷲宮先輩の香りがした。 「すみ、ません…!ごめんなさっ…」  鷲宮先輩は変なカオをした。変顔とかじゃなくて。戸惑ったような、困ったような、それで驚いたような。おれにぶつかられたのが嫌だったのだろうか。舌打ちしたり、それを直接口にしない辺りは優しさなのかな、鷲宮先輩だったらすぐしそうだけどって思って、いや、鷲宮先輩が先輩がおれに優しくするはずない。するはず、ないよ。

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