63 / 84

Side T

Side T  ウサギ小屋に歩を進めながらずっと姉貴に言われたことが頭の中をぐるぐるしてる。モデルやっててそこそこ売れてるらしい姉貴のことだから、専業主夫になってもらうつもりかな。テレビや雑誌もあまり興味ないから姉貴がどの程度有名で凄いのかは知らないけど。用務員室で固形のウサギのエサをもらって飼育小屋へ入る。何が楽しいのか分からないな。でも彼が来ないと、エサ、ないんだもんな。飼育委員とかこれ、正直要らないかもね、でもなかったらなかったで困るんだろうな。  中途半端だな、距離置くとか言って、彼に関わらないつもりで。ならどうしてウサギ小屋で興味もないウサギのエサやりなんてしてるのかっていう。罪滅ぼしかな。何のさ。染サンを煽ったことの?それ僕関係ある?なくない?そもそも僕はあの妙な三角関係からフェードアウトしたんだから。小屋の内部を掃いて、目に入る隣の軍鶏小屋。ここの世話係はもう二度とここには来ないんだもんな。また用務員室行かなきゃだ。 「冷生?」  フェンス越し、目を丸くしてる重恋くんの姿。来てたのか。 「おはよう」  重恋くんの眉が寄せられて、でもすぐに戻って笑って、おはようって返してくれた。そして飼育小屋に入ってくる。 「ありがとう、冷生」  何に対してのことだろう。ウサギ小屋のこと?それなら別に。重恋くんがお礼言うことでもないってばない。むしろ僕が重恋くんの趣味を奪っているといってもいいくらいだし。 「庇ってくれて…」  重恋くんをじっと見てしまった僕に困ったみたいに笑って、ああそのことかって感じで僕は全く頭から抜けていた。僕にとっては礼を言われるような類のものではなかったから。むしろ中途半端だったかなくらいには思ってるんだよ。距離置くって何だったのって。別に絶交のつもりじゃないけどさ。重恋くんはウサギを抱き上げて撫でていた。僕は黙って小屋の中を掃き続ける。 「重恋くん、学校来てたんだね」 「うん、保健室でプリントやってたんだ」  学校に来てはいたんだ。でも保健室登校?いつもの体調不良かな、それとも…? 「あ、全然体調とかは大丈夫なんだけど…なんていうか、クラス入りづらくなっちゃってさ…」  重恋くんはそう言いながら白いウサギを下ろして白黒のウサギを抱き上げる。あれだけ騒ぎを起こした…というか巻き込まれたら、そうなるのかな。 「でももう少ししたら戻るから、大丈夫」  重恋くんが笑う。僕はそれをじっと見つめた。色々大丈夫かな、本当に。重恋くんの耳にもうピアスはなかった。似合わない黒いピアスはどうでもよかったけど、きらきら光るピアスは何だかんだ、好きだったかもしれない。 「でもここには寄れなかったから…無事でよかった」 「僕も2日ぶりだから、多分飼育委員が久々に仕事したんじゃない」  重恋くんは、え?って首を傾げた。僕、別にウサギ小屋の世話はしてないよ。この2日間は自宅のそれも自室に籠りきりだしね。でも誰かが掃除したり餌付けしてる形跡はある。飼育委員も妙なタイミングで働くね。 「そっか」  気まずそうに動く大きな目。僕何か話し続けないとまずいのかな。多分だけど重恋くんは僕が怒ってるとか思ってない?距離置いたのはそういうつもりじゃないんだけどね。でも僕は、こんな時どういう話したらいいのか、全然分からない。教科書にも図書室の本にも書いてなかった。っていうかそういうのに頼るのがよくないんだろうね。僕が僕なりに導いた答えじゃないと。 「重恋くん」 「何?」  どういう顔していいのか分からないって感じだね。笑ってはいるけど。 「距離置くって話、別に重恋くんが嫌いとかじゃないんだからね」 「分かってるよ?」 「僕は君に怒られたって、罵られたって仕方ないんだから」 「な、んで?冷生別に何も悪くないでしょ?」  不安そうだね。白黒のウサギが腕からすり抜けて行ったことにも気付いてないみたいだった。 「いや、君を勝手に好きになって、勝手にその気のなかった君を傷付けた。そんな身勝手なコトないでしょうに」  それを僕が重恋くん本人に言ってどうするんだろう。懺悔のつもりかな。重恋くんは僕を怒らなかったし、罵倒しない。そういうつもりなんてないみたいなのに僕は何を言い出す?許されたいだけじゃん。 「それは、おれも同じだから」  君の声はなんでかな、昔よりは低くなってるのに、全然僕より低いのに、抱き締めたくなっちゃうほど甘ったるい。 「小松先輩のこと好きになっちゃってたのに鷲宮先輩ともうそういう関係になってて。それで付き合うってなったのに鷲宮先輩利用して仲の良い2人を引き裂いちゃって」  声が微かに震えてる。潤みはじめてる目を重恋くんは僕に向けようとしなかった。濡れたピンクの唇が歪む。 「重恋くん、泣いてもいいんだよ?堪えないで」  瞳を覗き込んだ途端に重恋くんは目元を拭った。首を振って、泣かないって言った。いや、もう泣いてるけどね。 「友達になれるよう頑張るからさ。だから僕の前で我慢とかしないでよ。改めて、友達になろう」  友達はキスしないし口淫もしない。…いや、するのかな、おフザケの延長で、する…かな?僕の文化にはないんだけど。 「うん、ごめん、友達に、なろ」  泣いちゃってごめん?僕の望むカタチにならなくてごめん?どれでもいいよ。友達になれたら、どっちも些細なこと。でも今はまだ。

ともだちにシェアしよう!