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Side A

Side A    発売前から話題になってた本、すごく興味があって、買えて嬉しかったけど全然頭に入らない。小松先輩に告白を拒絶されて、それで鷲宮先輩に自分がしてしまったことは自分が思っていた以上に酷いことだったんじゃないかと思ったら、広げた文字の羅列が文章として認識出来なくなった。冗談かも知れない。でも冗談じゃないかも知れない。鷲宮先輩なら何度も経験したことあるんじゃないかなって思っても、告白を蔑ろにされたことはないだろうな、とも思う。鷲宮先輩はモテるから。冗談かも知れないけど、きちんと話した方がやっぱいいのかな。おれは小松先輩に告白することを拒否されたの、キツかったから。 「おはよう重恋くん」  冷生の声で我に帰る。朝、雨で暗いけど、今は朝。 「おはよう、冷生」  冷生はおれに笑ってから席に着いてすぐ参考書を開いていた。真面目だな。この前もすごい難しい問題、簡単に解いてたし。おれは解まで出せなかったもん。少しの間冷生の後ろ姿を見つめて、また本へ目を落とす。全然、やっぱ頭に入らないや。もう癖みたいに本を閉じて窓を見る。後で読もう。楽しみにしてはいたんだけど。少しの間保健室登校して、その時はそんなに校庭とか気にしてなかったんだけど。  きちんと謝った方がいいんだろうな。小松先輩はどうしておれを怒らないんだろう。利用して傷付けたことは本当だから。 「重恋くん」  冷生に呼ばれて振り向く。数枚の紙。何?紙と冷生を見比べる。冷生が困ったように笑って、ノートのコピー重恋くんの分ももらったからって言って冷生の隣の席の子を顎で差す。その子もおれを見てにこって笑ったからおれは頭を軽く下げた。冷生と仲良いのかな。 「ありがとう」  雨の音が大きい。校庭はもう海みたいになってる。受け取った紙には可愛い丸みを帯びた文字でいっぱいだった。何かお礼考えなきゃな。 「何か、考え事?」  冷生が訊いて、おれはプリントから顔を上げる。顔を覗き込まれて、キラキラした顔が目の前にあった、ドキっとしてしまった。 「あ…ううん、何でも、ない」  鷲宮先輩に告白されたこと、冷生には言えないし。それに本気なのか、冗談なのかも分からない。 「鷲宮先輩のこと?」  躊躇しているようだった。違うかな?ってすぐ困ったみたいに笑う。すごいな、冷生は。 「多目的室のベランダに住み着いてるみたいだから、行ってみたら」  肯定しようか否定しようか迷っていたのを肯定と受け取ったみたいだ。住み着いてるってどういうことだろ。知ってたかな?ってまた困ったみたいに笑う。おれはキラキラした王子様みたいな冷生の顔を見つめてしまった。知らなかった!って返す言葉が裏返っちゃって、冷生がまたにこってして、席に戻っていく。隣の子と何か少し話して教材広げてた。  鷲宮先輩に何て言われるか分からないし、怒られたり、責められたり、もしかしたら殴られたりもするかも知れないけど、きちんと謝ろう。小松先輩がおれに向けた顔とか声とかずっと消えないまま。おれが鷲宮先輩に謝れば、小松先輩はおれに笑ってくれるのかな。おれのこと嫌わないでくれるのかな。

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