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Side A

Side A  おれと同じこというものだから驚いてしまった。あの後どうやって教室に戻って来たのか覚えてない。授業があと少しで始まるってところで先生はもう教室に来ていて、間に合ったんだな、とは思ったけれど。 鷲宮先輩に謝れて、気持ちは軽くなったはずなのに小松先輩のことはやっぱり忘れられそうにない。 嫌いにならないでほしいです。嫌いにならないでほしい。  おれは別に鷲宮先輩を嫌ってはいないけど。でも小松先輩は。でもきちんと話せた。おれはそれだけで、いいから。…本当に?本当はもっと話して、本当は分かってほしかった。できるなら。  今日は帰ったら、妹を誘ってプリントのコピーのお礼を買いに行こう。雨もきっと止むはず。女の子の好きな物ってなんだろう。中3と高2じゃやっぱ違うかな。形に残るものだと重いよね。何かオシャレなお菓子とかでいいかな。女の子とはあまり関わらないから好みとか分からないな。妹にも何か買ってあげよう。  小松先輩のことは考えないで前を向くって冷生に言ったから。何買おうかな、どこで買おうかなって冷生の隣の席の子の後ろ姿を見つめる。この前見たテレビの特集で、いきなりアクセサリーとかは困るってインタビューであったな。でもハンカチとかコップもいきなりすぎるし、ノートのコピーのお礼としてどうなんだろう。最近流行りのテレビで見たオシャレなお菓子の方がいいかな。外の雨も弱まってきたし、雨、止むといいけど。  先生がおれを呼んで、黒板を指差して問6やってみろって言っておれは席を立つ。英語は得意…だけど喋れるわけではなくて。喋れるには喋れるけど、得意じゃない。授業でやる英語は5科目のうちでなら一番成績いいけど。それでも冷生が苦手っていう英語のテストには勝てないんだよね。  放課後の天気はおれの予想通り雨は上がったけれど、曇天のまま。少し飼育小屋の様子見てから帰ろうかな。昼間は傘が開けなさそうなほどの雨と風だった。飼育小屋のエサは大丈夫そうだった。もしダメでも帰りに用務員さんがどうにかするだろう。たまに会って話す。じゃあ教室戻ろうってところで一瞬空がピカッてなて、雷くるのかな、って思った。じゃあ妹と出掛けるのは晴れた日にしよう。妹は雷、ダメみたいだから。教室に戻るとまだ何人かクラスメイトが残っていて、その中に冷生もいた。勉強してるのかなって思ったけど、そういう様子もなくて外を眺めていた。他の教室に残っている人たちは仲のいいグループみたいで机を集めて雑談しながら勉強会ってカンジだった。 「冷生?」  冷生は何してるんだろう。文庫本を開いてはいるけど、頭は窓の方を向いてる。 「あ、重恋くん。どうしたの」 「冷生は帰らないの?勉強?」  訊いたら冷生は文庫本を閉じた。ブックカバーがかかっているから何の本かは分からなかった。暗い外がまたピカッて光って、少しバリバリって音がした。 「雷、好きじゃなくて」  おれも好きってわけじゃないけど、でも雷の時の雰囲気は好きかな。 「やむまで待つの?」 「そうしようかな。帰ってもやることないし」  また稲光。それからさっきより近付いた大きな音。 「重恋くんは?帰るの?」 「すぐ帰って妹と出掛けようと思ったけど、妹雷苦手だから、今日はだめかも」  すぐに止むかな。 「じゃあ少し、話さない?」  冷生がそう言うとは思わなかった。もちろんだよ、そう返す。少し安心したようで、もしかして緊張してるのかな。おれも鷲宮先輩の前だと緊張するし。 「僕、あまり友達とかいなかったから…こういう時何話せばいいのか分からないけど」  恥ずかしそうに笑って言う冷生はやっぱりかっこよかった。そんなの、おれもだよ。いつも本ばっかで。家族と、それからたまに寄るコンビニの店員さんと、図書館の人と話すくらい。でもそれ話すっていわないかな。  また外がピカッて光って、冷生の眉間が少し寄る。 「雷ダメなの、意外」 「そうかな。重恋くんは平気なの?音が落ち着かなくて」  冷生にもそういうのってあるんだ。冷生は完璧だから、何も怖くないと思った。でも素直に言えるところが、やっぱすごいなって思う。 「僕だけかっこ悪いな」  苦笑いを浮かべる姿もキラキラの効果音っぽくて、少女漫画の世界の人なんじゃないかと思う。 「重恋くんはないの?苦手なもの、知りたいな」  苦手なもの?多分時間があればきっと色々なものが思い浮かぶけど、すぐに浮かぶのは鷲宮先輩の暴力…と、小松先輩の怒った顔。でも多分、そういうことじゃないんだろうな。 「なんだろ。虫とか平気なんだ…高いところとかかな。バンジージャンプとか?」  疑問形で返してしまった。他に浮かぶものがなかった。バンジージャンプって返って来るとは思わなかったって冷生は予想外にウケてた。重恋くんのことは何でも知りたいって笑いが落ち着いた後に言われて、そういうのが何の違和感もないから流石だなって。話は弾んで、学校のこととか先生のこととか芸能のこととか。テレビとか観ないイメージあったけど、詳しくて、特に最近よくテレビに出てるアイドルグループのメンバーの名前とか結構知ってて、もしかしてドルヲタってやつなのかな、とも思った。 「ねぇ、重恋くん」  暫く談笑してたのに、冷生は真顔になった。雰囲気が変わる。何か訊かれる。 「このままじゃ、よくないと思うから…」  何が?何の話?

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