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Side A ※

Side A  冷生の家に着く。広い庭の駐車場と思われるところには4台くらいは停められそうなのに車は1台もなくて、自転車が2台だけある。住宅街の中にあるような小さな公園じゃ比にならないほどの広大な敷地を今ならゆっくり見られそうだった。洋館みたいな建物で、裏庭は森みたいだった。夏になる少し前のこの時期だけどもう蒸し暑くて、でもそこは涼しそうだった。雨が上がったからかな。 「冷生ン家、すごいね」  周りを見渡してしまう。まるでテーマパークだ。そういえば小学校くらいの時に、築城ン家すげぇんだぜー!とかクラスメイトが騒いでいたような。おれには関係ないことだなって思ってたけど、よく覚えてたな。 「でもちょっとシュミ悪くない?内装暗くしちゃうって。気が滅入っちゃうよ」  謙遜かな、冷生は苦笑いしながら教会みたいな玄関の扉を開いた。 「いつも1人なの?帰ってくるとき」 「共働きだから。上も歳離れてるし」  舞台のセットみたいにも思えたし、1人でいるには寂しい空間かもなって思った。何事もないみたいに冷生は言うけど、慣れ、かな。おれの家は帰ったらもう母さんいるし、妹も部活で帰ってるかどうかってところ。大体は夕飯の匂いがしたり、テレビの音とか母さんと妹の談笑とか、生活音とかがする。何となくだけど冷生がおれを家に招いてくれた理由が分かった気がした。冷生の自室に案内されて、おれの家はマンションだからベランダはあるけど自室にあるっていうのはテンション上がっちゃった。裏庭の、裏庭っていうよりほぼ森が一望できて、テレビで観る芸能人の自宅みたいだった。何か持ってくるね、って言われて手ぶらで来てしまったことを思い出して謝ったら、気にしないでって言われたけど後日何か渡そう、きちんと。冷生にお世話になりっぱなしだ。冷生が部屋を空けている間、おれは窓の外をレースカーテン越しに見つめる。裏庭はひとつの自然公園みたいだった。冷生はすぐに戻ってきて、ケーキとオレンジジュースを出してくれた。お金持ちはいつも冷蔵庫にケーキあるのかな? 「姉貴の仕事で大量にケーキの差し入れあったみたいでさ。よかったら食べて」  普通のケーキ屋でもあまり見られないようなケーキに呆けていたら、冷生がそう説明してくれた。お姉さんの仕事の差し入れでケーキ。おれのよく知るケーキと違った。赤い宝石みたいなピンクっぽいジャムがのってる紫っぽいチーズケーキみたいな。冷生は食べる気ないみたいで、オレンジジュースは2つあった。 「友達とか部屋に上げたことないんだ、僕」  すごく片付いていて、壁に海外の街並みの写真がフレーム入りで飾られていた。ブラウンとブルーをメインにした部屋は冷生って感じがした。 「じゃあ、おれが初めて?」 「そう」  冷生はにこってしてまたキラキラ飛ばしてるな。オレンジジュース飲む姿も少女漫画みたいだった。 「すごくお洒落な部屋だし、冷生は王子様みたいだし緊張しちゃうんだけど…」  いただきます、って言ってフォークに伸ばした手が震えてるんじゃないかと思った。すごく美味しそう。誕生日とクリスマスにしか食べられないようなケーキだった。冷生、気、遣ってくれたのかな。フォークで少し切って口に入れる。クリーミーで甘酸っぱい。美味しいなぁ。頬の横の耳の近くがキュッてなって、なんか小松先輩のことで悩んでる自分がすごく小さく思えて、こんな美味しいケーキあるんだな、とかいつか家族に食べさせたいな、とか。美味しい?って冷生がいつの間にかおれの目の真ん前で首傾げながら不安そうにしていて、それがすごく、なんだか安心した。もう泣き疲れるくらい泣いたのに、なんだかまた視界が滲んできてしまう。 「え、大丈夫?苦手だった?」 「ううん。美味しすぎて。ごめん泣いちゃって。すごく美味しくて、なんか今までの悩みとか吹っ飛んじゃって」  冷生に心配かけちゃったな。おれは本当に何も返せないのに。 「ねぇ、冷生」  返せない?本当に?ここまでしてもらって、まだ心配かけて。おれは冷生に甘えてるだけじゃない? 「どうしたの」 「おれ、冷生のために何かしたい」 「重恋くん?」 「冷生はおれのために色々してくれてるのに、おれ、甘えてばっかだ」  何でも言って。出来る限りやる、からさ。 「甘えてばっか…って、甘えていいんだよ。だって僕が甘えてほしいから」 「でもそれじゃ、おれが嫌だ。お願い、おれに出来ること、言ってよ」  フォークを皿の上に置く。つまらないこと考えないで、もっと味わってたらな…なんて。 「軽蔑する?」  冷生が目を伏せて、蚊の鳴くような声で訊いてきた。 「…しない」  長い睫毛が反ってる。かわいくて、返事が遅れた。冷生の気持ち、冷生から聞いてるくせに、おれはそれを弄ぶみたいな、試すみたいなこと言ってるんだ。でもおれ、冷生に何も返せないの、嫌なんだ。勝手だけど、ごめん。 「僕の傍に、いてくれたら、それでいい、からさ」  少し色素の薄い目が泳ぐのが睫毛の奥に見える。その分だけおれは冷生に借りを作っていく。返せないほどの。もう友人とか言えないレベルの?でもそれが冷生の覚悟なの?友達になるって言ってくれた。どうしてそこまでしてくれるんだろう。 「冷生の、そばに…?」  確認すれば、ごめん嘘、って冷生は呟いて、おれの視界は冷生でいっぱいになって、それで、でもすぐに冷生は身を引いていく。冷生の匂いがした。 「そんな試すようなこと、しないで」  頼み込むみたいな響き。声が掠れていた。 「試してない。本気だよ、おれ」  冷生が耳の裏を撫でた。手が熱い。 「なんで…?」 「感謝してるんだ。吹っ切れられたから。ありがとう。でも、言葉だけじゃ、足らないから」 「でも、重恋くん、僕は、本気で…」  こんな返し方しか知らない。おれから冷生にキスした。嫌かな。何回小松先輩とキスしたのかも分からない唇。気持ち悪いかな。拒絶されるかな。裏切りかな。すぐに離れれば、今度は冷生からキスしてきて、おれは冷生の腕に抱えられていた。 「じゃあ、お願い。抱かせて…?」  冷生の手が震えながらおれのシャツに辿り着く。 「っ、あっ」  食べられるんじゃないかと思った。ベッドに押し付けられて、キスしながら冷生はおれの身体に触れる。前に生徒会室でしてくれたみたいに。細くて優しい指。女の子みたいな手。これで全部返せるか、分からないけど。 「重恋、くん」  目元を染めて見つめてくる冷生がおれを抱くんだな、って思ったら不思議な感じがした。鷲宮先輩とは全然違う。もどかしいくらい全部が優しくて柔らかい。耳朶を舐められて、またキスされる。でも手はおれの胸を円掻くみたいに撫で回して、おれが擽ったさに身を捩ってから先端に触れる。背が浮いて、びくびくした。両手でマッサージするみたいにいじられて、ずきずきしてた下半身が段々どくんどくん、って変わっていく。 「れ、い…お、」  ベルトが外されてスラックスに手が滑り込んで、下着の上から手を包み込むように押し当てられたときに冷生と目が合って、泣きそうな顔しながらにこって笑われて、冷生はやっぱ男なんだな、って知ってたけどそういうのじゃなくて。よかった勃ってる、って言われて耳が焦げるんじゃないかってくらい熱くなっちゃって、目を逸らした瞬間に口の端にキスされた。 「重恋くん、」 「な、に」  肩で息をしながらおれは突然手を止めた冷生に呼ばれた。上体を起こしてお互いに向き合う。言い辛そうに俯く姿が小動物みたいだった。 「初めてだから、僕、上手く出来るか、分からないけど、」  そうだよね。おれだって鷲宮先輩と初めての時、よく分からなかった。おれは頷いて、冷生の両肩に手を掛ける。大きな目をさらに見開いて、色素の薄い目におれ、映ってるかな。 「えれ、んくん…!?」 「おれがやるから」  おれの言い方が悪かったのかもしれないけど、冷生がおれの腕を掴んだ。抱かせてって頼まれたんだから大丈夫だよ、って言えたらよかったんだけど、戸惑ってる冷生が可愛かったからそのまま。 「重恋、く、」  冷生のスラックスを寛げて、おれと同じくらいに反応してる冷生のを口に含む。自分が上手いのかどうかは分からない。鷲宮先輩の指導通りのやり方だから。舐めとるみたいに舌で辿って、口の中に納まりきらなかった部分を手で押さえる。まだ半分もカタチになってない。大丈夫かな、痛くないかなって冷生を見上げたら戸惑いながらも感じてくれてるっぽくて、よかったって思ったらまた目が合っちゃって、冷生の綺麗な顔に皺が寄って、口の中のが大きくなった。 「え、れん…くッ」  髪を撫でられる。気持ちいいな。冷生が目を細めておれを見てる。窓から入る光がガラスの形そのまま冷生の瞳を照らしていて、すごく綺麗で、その下の桜色の唇から浅い息が漏れて、おれも気持ちいい。舌を冷生のに絡めながら頭を動かす。髪を撫でる冷生の手に力がこもって、離して、て言ってるのが分かるけど。先端の裏側がいいってことも、知りたくはなかったけどここで役に立つならありがたいかな。舌で掬うように抉ってまた舐め上げて、吸う。本当に何が役に立つか分からなくて、こんなこと知ってる自分が嫌になりそうになのに冷生がすごく気持ちよさそう、頭を撫でる指が気持ち良くてどうでもよくなった。 「重恋、くッ」  いいよ、出して。頷けないし喋れないから冷生を見上げるしか出来なくて、細められると一気に色気が増す冷生の目がおれを捕らえて、おれも冷生の目を放せなかった。 「ッ」  口の中で冷生のが爆ぜて、初めてじゃない液体が入ってくる。 「ご、めん、重恋くん…」  冷生も前に、おれの飲んだじゃんって言いたかったけど口開けなくて、おれはそのまま冷生のそれで、後ろを慣らしはじめる。冷生の目が点になっていて、おれも恥ずかしいけど慣らさないと挿れる方もツラいんだって鷲宮先輩を見て分かった。自分で慣らすのは初めてじゃないけど、いつも途中で挿れられちゃうから、きちんと最後まで自分で慣らすのは初めてだ。中指を挿れて、少しずつ奥まで広げていく。 「見、ないで、…っあ、」  首を横に振られたけど申し訳なさそうだった。冷生がおれのがら空きの胸に触れて、鎖骨や肩に唇を落とす。 「れ、お…んっ」  胸を抓るみたいにされると背筋が反ってしまって、そのまま口を塞がれる。体温が上がってるからか入ってきた舌は冷たい気がした。冷生、嫌じゃないの?冷生のが出された直後だよ?でもそんなの構わないみたでおれの口の中を掻き回して、頭がぼうっとして慣らしてたはずの指も上手く動いてなくて、そろそろ薬指入れてもいいかな、って思ったんだけど、身体の前面に押し付けられた冷生の身体が思っていた以上に男らしくて、おれの中が、一瞬場所を主張するみたいに疼いた。 「あ、ぅっ」 「重恋くん、かわいい」  冷生の口から唾液が糸を引いて、なんだかこれが切れたら本当に、友人じゃなくなる気がして、でももうそれでもいいかな、なんて思い始めておれ、都合いいかな。 「も、挿れて、い、いよ」  冷生にまだ十分に慣らしたとはいえないそこを向けて、もしここまで来て嫌がられたら、って思ったら身体は熱いままなのに頭が冷えてきてしまって、泣きたくなった。でもすぐにそこに冷生のが押し当てられて、少しずつ、迫ってきた。背中でリップ音と湿った感触がした。 「重恋くん、」  身体の奥が広げられていく。冷生がおれの中にいる。なんでか分からないけどぼろぼろ、って涙が溢れて、でも我慢しなきゃだ。嫌がってると思われたらダメだから。それに本当に嫌じゃない。嫌じゃないんだけど、何か、大事なものが離れていくような。もう手に入らないから、諦めなきゃいけないのに諦められない、諦めたくなかったものが絶対に手に入らないんだなって確信が急に沸きあがって、胸に穴が空いたみたいだったけど、同時にこの現状に安堵した。 「重恋くん、重恋、く、ん」  冷生、冷生。おれも呼ぶ。でもきちんと声にならなくて、ほとんど息に掻き消えて、冷生の胸と腹がおれの背中に密着する。全部入ったんだ。肩を抱かれて、耳を咥えられて、暫く冷生は動かなかった。動いていいんだよ、おれのこと気にしないで、気持ちよくなってよ。言ってもムダだろうな。冷生は多分、おれを気にする。 「れ…い…おッ、も、いい、か、らぁッ」  冷生がおれの胸や前に触れはじめて、おれが締め付けちゃって、その度に冷生の吐息が首に掛かって、我慢してるんだなって思ったら、言わずにはいられなかった。冷生は何も言わずにおれの首の後ろにまたキスしてから腰が少し離れていって、急にまた冷生のが迫ってくる。 「っれぃ、おっ、ああっ…!」  名前呼ぶたびに、冷生の色々な姿が思い浮かんで、だから名前呼ぶのやめられなくて、それが現実逃避なの分かってて、冷生がおれのこと掠れた声で呼んでくるのとは意味が違ってて、最低だ、おれ。最低なのは、分かってる、のに。 「あ、っんく、」  少しずつ開いていくみたいに穿たれて身体から力が抜けて状態はもう冷生のベッドの上に任せきり。冷生の匂いがして、頭がくらくらする。動きが段々と激しくなって、おれはシーツに爪を立てて、肌と肌がぶつかる音がして、今更なのに、おれ今セックスしてるんだ、って妙に生々しかった。 「重恋」  冷生の声で、呼ばないで。おれは、最低なんだ。おれは。 ―――へ~重恋っていうんだ?お洒落じゃん ―――重恋くん、重恋ちゃん、う~ん、朝比奈、だな。朝っぽい。 「っああ、あ、いや、そこ、い、や」  中の怖いところに当たって、じわじわって痺れが腰を突き抜けて下半身が浮き上がるみたいな感覚がした。ここ気持ちいい?って掠れた声と吐息に首を縮こめて頭がぐらぐら揺れた。 ―――へ~、妹いるんだ?あ~でも分かるかも、お兄ちゃんって感じ ―――俺一人っ子。まぁ、手の掛かる弟みたいなのいるけど ―――弟ってか息子寄り?弟なら朝比奈みたいなのがいいや、絶対可愛い 「っあ、っは、んっあ」  前を擦られて、後ろがじわじわ滲んでいくみたいに甘く痺れて、もう頭が働かない。耳は布が擦れる音と肌がぶつかる音と冷生とおれの吐息を拾うだけ。 ―――えっ…と、おはようでHelloだから、おハロー。…笑うなって ―――朝だからきっとHelloって言いたかったんだな。みんなにはナイショ!  「れ、ぃお、キス、して」  頭がもうダメなんだ。 ―――そういうことだから、Helloのキス、お前からしてみ? 「キス、し、て…んあ」  冷生がおれの顎と掴んで、肩越しにキスしたらもっと深く繋がって、冷生の掌に包まれたまま前がどくどく脈打ってた。 「っあ、」 「重恋くん?」  冷生の動きが緩やかになった。動きを止めて、おれの顔を覗き込む。 「ごめ、ん、れいぉ…、ごめん、ん」  何に対して謝ってるのかおれももう分かってなくて、脳みそがもう沸騰してるんじゃないかと思う。おれの声でおれは謝ってたんだと気付いたくらいだ。 「…やめる?」  冷生ももう余裕がないみたいで、目が潤んでいた。それなのに冷生は微笑んで、どうしてそこまで、おれのこと、考えてくれるんだろう。ここでやめるって言ったら、冷生、今おれの中の、どうするつもりなの?おれは冷生の身体から離れた。ずる、って抜けてその感覚に声が漏れた。冷生の肩を押してベッドに寝かせる。冷生は戸惑いながらもおれのやりたいようにさせてくれた。どうして冷生はそんなに優しんだろう。 「重恋、く、」  冷生の下半身に跨って、冷生のを自分の中に埋めていく。冷生の顔がよく見えた。泣きそうな顔しておれを見てた。もしかしておれの頭の中見透かしてるんじゃないかと思って目を合わせられなくなったから、おれは腰を揺らす。暫くそうしていたのに、いきなり冷生がおれを押し倒して、華奢な身体のどこにそんな力があるのか不思議。 「そんな顔しないで」  シーツが見えた視界から天井に変わる。冷生の綺麗すぎる顔が近付いて、おれの頬を撫でた。どんな顔してたんだろ、おれ。 「ぅ、あ、」  冷生が動いて、おれは冷生の背に腕を回そうとしたけど、背に回した腕を払われた感触を思い出して、腕をシーツに投げ出した。でも冷生がおれの投げた両腕を取って背に回させてくれた。 「ごめんね」  肩と首に頭を埋めて冷生が耳元で囁いた。どうして冷生が謝るの。 「あっ、ん、っあ…」  揺られて、震えて、もう熱くて何も考えられなくった。冷生が耳を甘く噛んだり額にキスしたり、身体がスライムになっていくみたいだった。 「重恋、くんっ」 「っあ、あああっ、も、だめ、ああっ」  冷生の白くて滑らかな肌に爪を立てた。込み上げてくる真っ白い感じの波が脳天まで上がっていって、身体が引き攣ってびくびく震えた。冷生を締め付けてしまって、ずっと奥まで貫かれていたのが抜かれて、おれの腹の上に冷生が出した。靄がかかりはじめた視界の向こうで冷生がすごく申し訳なさそうな顔して、それが見えておれは意識を手放してしまった。

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