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Side W

Side W  黙っててごめんね。小松はそう言った。別にメッセージなり電話なり伝える方法はあるけどいちいちそうする必要もないとこいつは判断したんだろうな。確かにオレたち、そういう仲じゃねぇわな。オレとこいつは別に好きとかキライとかのカンケーじゃない。オレがこいつを選んだとかこいつがオレを選んだとかそういうカンケーでもない。だからこいつはこいつでそう判断したなら、こいつが選んだ友達には言ったのかもしれないし、言ってないのかもしれない。もともと小松は人の話は聞きたがるけど、自分のことそんな話さないし。オレには。いや、話してるのかな、オレが聞いてないだけで。 「距離置こうの、イミ分かったわ」  言葉足らねぇな。長く居過ぎた、距離置こうって言った時のこいつの顔、まだ覚えてるわ。でも小松はちょっと変な目でオレを見て、本当かよ、って言って、本当だよって返したら痩せた顔がくしゃってなった。 「18になったらすぐ結婚、だってさ。婿入りだから、ここも離れる」 「あーそっか。16で結婚できると思ってたわ。ってことは7月くらいには結婚か」  確かこいつ7月生まれだったよな。日付までは忘れたけど。だからいつも忘れて8月頃に誕プレ渡してるんだわ。今年はポテチのうす塩味大袋いっぱいだな。こいつまじで太らせないとまずくない? 「…そ。よく覚えてたね。それから16は女の子の方ね」 「いや、日付までは忘れたわ」 「7月まで覚えられれば上出来だって」  バカにしてんなぁ。 「んでいつなんだよ」 「24だよ。ははは、安心して、覚えろなんて言わないから」  そうだ、24日だ。言われれば思い出す。小松が笑う。オレは数字苦手なんだよ。 「…黙ってて、ごめんな。気、遣わせるかもって思ったんだわ。それに、どういう顔して言えばいいかも分からなくて、」  やめろよ。急にシオらしくなった小松なんて見たくねぇって、オレ。 「嫁さんより細かったらあれだから、ちゃんと太れよ」 「言えてるね。母さんのご飯食べられるのももうそろそろだし」  そう言ってまた笑ういつもの小松なのに、結婚するからか、大人びて見える。オレと昔から一緒にいた小松はオレの知らないうちにオレよりずっと進んでいたんだな。 「これで分かったろ」  急に声が低くなって、おめでたいフンイキとかなかった。小松はもしかして、結婚イヤなワケ?分かったって何を? 「結婚する男が、別の人間と付き合えるわけ、ないだろ?」  あ~、なるほどね。でもアイツ、結構前から小松のこと好きなカンジじゃなかった?どういうこと?こいつから手、出したんじゃねぇのかよ。 「すぐに決まったんだ。母さん、安心すると思う。相手、元カノだからさ。面識あるわけ」  あ、あのキレーなカノジョか。それも聞いてねぇけどヨリ戻してたんだな。やっぱオレこいつの話聞いてなかっただけかな。 「最後まで言おうか迷ってたから丁度良かったわ」 「でもお前、いいのか?」  何が?ってすぐに返してこなくて、イミ通じてんのかな。嫁さんとアイツ、両方好きってコトだよな。でもこいつは嫁さん選んだわけで、オレがいいのか?とかいうのもおかしい話だけど。 「いや、アンダルシアと離れるのはちょっとつれぇよ?」  とぼけんなよ。飼い犬の話じゃねぇよ。それにこいつ言うほど飼い犬のこと好きじゃないだろ。むしろ軍鶏寄りじゃない? 「形式みたいなもんだから。結婚の意義とか意味とか分かんないし」  イギとかイミ。よく分かんね。好きだから一緒にいる、で結婚するんじゃダメなのか。こいつは頭イイから、結婚に別のものが見えてるのかもしれねぇけどさ。…でもオレの親父とお袋は、別れた。好きじゃなくなったから。結婚しても、好きじゃなくなる。父さんと母さんは約束を破ったんだって兄ちゃんは言ってたけど。ずっと好きでいなきゃ約束を、こいつは最初から破ってる? 「別に浮気とかするつもりじゃないから安心してよ」 「好きじゃねぇの、相手のこと」  本当に好きなやつとは結婚できないから…?それくらいオレだって知ってるわ。男同士で結婚できねぇってことくらい。 「分かんない。でも俺にデメリットも、まぁ、ないしな」 「そういうもん?」  オレ、好きでもないやつと結婚するこいつを怒るつもりとか、相手の人思いやって怒ってやれるようなタイプじゃないし。でもこいつがそんなひでぇことするとは思わなくて、でも母ちゃんのためでは、あるのかもな。 「遠慮してんのか」 「誰にさ」  オレバカだから、言っていいこととダメなこと、区別つかねぇや。 「…分かん、ねぇけど」 「誰かに遠慮して結婚選ぶほど俺、大胆じゃないよ」  笑う小松に、十分大胆なとこあるけどな、って思いながら、小松がしつこくそれについてゲンキュウしてこなくて助かった。でも多分分かってんじゃないかと思う。 「結構遠くに行くことになるんだわ。元気にやれよ」 「あ、何、もしかしてオレと離れるのさびしくて痩せたワケ?」 「ははは、バレちゃった?何か言われると思ったから観月の反応に驚き」  部屋見て分かる。この部屋出て行くんだなって。マイホームかな。アパート?仕事見つけたのか?今にもぶっ倒れそうなこいつが仕事見つけられたのか?もしかしてモデルとか?色気全然ねぇけど。 「引き留めてほしかったかよ。残念、距離置くって言ったのお前だし」 「それはちょっと寂しいカモー。まぁ、母さん1人にしちゃうのがあれだけど」 「おぅ、オレがたまに様子見に来るわ。アンダルシアの散歩とかも何なら行くし」  そう言えば小松は少し安心したっぽかった。頼むわって言う小松の声は小さかった。っつーかおばさん1人に、ってまじでアンダルシアって家族の扱いじゃないんだな。懐かない軍鶏より可愛かったけどな。オレの言うこと聞くし。 「多分、今じゃないと言えないから」 「ンだよ」 「ここ出ていく時、多分お前に言えないからさ」  別れとかこいつから面と向かって言われたらキショい。 「Never say goodbyeってやつ?」  ちょっと違うね、って言われて、あれ?ってカンジだわ。 「親父が死んだとき色々世話になったなってこと、ひとつ言っておきたくてさ」 「は?何それ」  予想外なことを言われてまじで変な声出た。何したっけオレ。 「覚えてないならいいよ、俺は覚えてるから」  こいつの父ちゃん、自殺したんだよ。オレと小松が小学校から帰ってきた時、この部屋で首吊ってた。中学辺りでこいつがここの部屋使うってなったとき、マジか、ってなったわ。 「あ、そ」 「色々寄り掛かっちゃったな、さんきゅな」  小松ってバカだな。

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