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第4話

(…兄さんが僕に話…珍しいな、なんだろう) 考えながら歩いていく… 病棟から離れた場所にある副院長室…さらに上の階には、父のいる院長室がある。 コンコン。 「…失礼します」 部屋の戸をノックして、満の部屋へ入る健次。 「健次か…そこへ座れ」 満は、呟いて専用の椅子に座る。 「はい。兄さん、話があるそうですが…なんでしょうか?」 伺うように聞く。 「……」 無言で机の引出しを探る満。 「兄さん?」 「これを書いてもらう…」 満は、一枚の紙きれを渡してくる。 それは… 「…えっ、し、死亡診断書…誰の、ですか?」 無造作に渡されたそれは、人が死亡した時に書くもので… 健次はすぐに理解出来なくて…驚き聞いてしまう。 「まだ生かしているんだろう…もう、延命処置をする必要はない」 淡々とした口調の満。 「……まさか、兄さんッ、あの子を!?」 それに気付き、さらに驚愕して声を大きくする健次。 (兄さんは…まだ生きている、あの子の…自分の息子の死亡診断書を書かせようとしているのだ…) 「大声をだすな、アレは、出産時に死亡した、日付と時刻は遡って書け、産科医であるお前のサインが必要だ」 さも平然に言い放つ満を見て…堪らなくなり言い返す健次。 「兄さん、言っている意味が分かっているのですか!?あの子は、生きているんですよ?それを…」 「いや、もう死亡している、保育器の外へ出せば生きてはいけないだろう…」 健次の必死の言葉も、軽く否定する満。 「そっ、そんな事、…あの子は確かに成熟できず生まれてきましたが、一生懸命、生きようとしているんです!兄さんは、一目でもあの子を見に行かれましたか!?」 「その必要はない…先天性疾患のある子供など、この先、荷物になることはあっても、利益などない。生かすだけ無駄だ」 冷酷な言葉… 「満兄さんッ!」 「…少し落ち着け健次、お前の息子を殺せと言っているわけではない」 表情ひとつ変えずに言う満… 対称的に感情を抑えられなくて、つっかかるように言葉にする健次。 「同じです!小さくても、生きている、大切な命なんです。それを故意に絶つということは殺人と同じ…医師として絶対にしてはならないことです!」 「生の方が苦痛な場合も多々ある…アレもそうだ。わざわざ苦の人生を歩ませることもないだろう」 健次の反応に溜息をつき言う満。 生きている方が辛い… 確かに健次も一度は頭に過ぎった考え… 「そ、それは…」 言い詰まってしまう健次。 病気を持つ子… それは、健全な子よりも多くの困難に突き当たり、そして悩んだり苦しんだりするのは目に見えている。 自我のない、今のうちに…楽にしてやるべき…? 「でも、」 ふと揺らぐ心を覚醒させたのは…あのコの意志。 《生きたい》 そう僕の指を握ってきた…小さな小さな手を思い出す。 「兄さん、それは新たな命を絶っていいという理由にはなりません」 しっかりした声で冷静に答える健次。 「過酷な運命かもしれませんが、それもあの子の持って生まれた宿命なんです、僕は強く乗り越えていけると信じます、大人達が勝手にすべてを否定してしまうことなど出来ません」 「サインをしないと言うことか…」 ぼそっと言う満。 「はじめからそう言っています」 きっぱりと答える健次… 「ならば、お前には用はない…」 「ッ、どうする気ですか?」 「もう一人は西崎だったか…」 西崎先生は、この病院にもう一人いる産科医だ。

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