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第6話
そういう所も、考え方もここは僕には合わない為、丁度よかったと思い勉強に励む…
僕の移動に伴い、何人かの医師が移動を希望する…
もとより小児救急をやりたがっていた青柳先生は喜んで移動を希望していたが…
なぜかこの人物まで…
「亜澄先生は無理に移動しなくていいんだ…」
病院の食堂で昼食をとりながら言う健次。
「え、なんで?」
本日のA定食をほおばり聞き返してくる親友の亜澄…
「亜澄先生も、救急行くより、ここの方が仕事も落ち着いてるし、給与もいい…わざわざ戦場のような職場に移らなくても…」
「なーにいってんだよ、今更、長年の付き合いだろ、お前が変われば俺も変わる。それに健次がいない職場は張り合いがないだろー」
いつものように軽く笑って答える亜澄。
「真面目に聞いて、半端な気持ちじゃ、小児救急はやれないから…」
不真面目に見える亜澄を叱咤すると…
「ふ、判ってるよ。俺もいっぱしの医師だし、救急の恐さはよく分かってる…それだけ大変なことも…」
フッといつもは見せない真剣な顔で答える…
「…亜澄」
真面目に答える亜澄をみるのは久しぶり…
「俺は、単に付き合いだけでそんな所に変わろうなんて思ってない…俺が考え出した結論。もちろんそのために学ぶことはあるし、今の俺の力も、役に立てる筈だ…健次より確実に挿管は上手いしな、俺」
真剣な口調は、やはり長続きしないが…亜澄は本気らしい…
「下手だったら、おかしいでしょう…」
麻酔医は大手術のたびに気管内挿管を担当するので上手くて当然。
「新たな現場で、再出発。学生時代みたいに一緒に勉強していけばいいさ、一人よりは心強いだろ?」
同期が居た方が。と付け加えて、ニッと笑って任せろといわんばかりに強気に言う亜澄。
「うん…有難う」
楠木の名がついた分院…そこへ送られた以上、いずれは、自分が小児救急センターを背負っていかなくてはならない筈…気軽に話せる亜澄がいてくれたら、確かに心強いから…
こうして、友人や先輩、ベテランの先生方と新たな場所で働くことになる健次…
数ヶ月は、あっと言う間に過ぎてゆく…そして、ついに移動の月。
健次はアキラに会いに小児科病棟にやってくる。
「アキラ」
小さいベッドに大人しく寝転んでいるアキラ。
健次は優しく名前を呼ぶ…
「!せんせー、きた?」
自分に気付いて、一生懸命起き上がるアキラ…
「はい、今来たばかりですよ…」
そんなアキラを可愛いく思い優しく答える。
健次の姿をみると、嬉しそうに笑うアキラ…
ゆっくりベッドの冊につかまり立ちをする。
アキラは生まれて1年3か月が過ぎる。最近ようやくつかまり立ちができるようになった…
身体能力はやはり遅れがちなアキラだけれど、発音はまだ未熟ながら言葉を覚え使うスピードはとてもすぐれていると思う健次…
三歳になる自分の息子と重ねみてしまう。
アキラの頭を優しく撫で…
「しっかり立てるようになったね…」
親に代わって愛情をそそぐ健次だが…それでも、もう毎日会いに来てやることはできなくなる。
ここの医師だったから、気軽に会いに来られていたが…救急センターへ移動したらそうはいかない。
「せんせー、これ、ほしー」
アキラは健次の首にかけてある聴診器を指して言う…
片手を離したためバランスを崩して転んでしまうアキラ。
「おっと、大丈夫かな?」
支え座らせながら言う健次…
「うん…ちょーだい」
どうしても欲しいらしく、手を伸ばすアキラ…
「そうだね…アキラ、僕はね…明日、ここから離れて、少し遠い病院に行かなくてはならなくなったんです…」
健次は頷き、聴診器を外しながら、アキラに話しだす…
アキラはまだ理解できない様子で、きょとんと聞いている…
「だから、…しばらくは会いに来れなくなる」
表情を落として話す健次を見て…何かを感じ取って不安そうな顔をするアキラ。
そのアキラに自分の聴診器を握らせる…
「これはあげるからね…」
自分になついているアキラ。
毎日、僕を待っている君に寂しい思いをさせてしまうけど…
「ごめんなさい、アキラ…」
アキラの頬にふれていた健次は、そう言葉を伝えて手を退こうとするが…
「や、だめ…」
アキラは健次の手につかまり立って、そのまま健次の白衣へしがみつく…
「アキラ…」
自分になつき、放そうとしないアキラ。
そっと小さな身体を抱きあげる健次…
足に点滴用のクダを繋いだままのアキラを胸に抱き…あまり外に出る機会がないこの子の為に病院の庭を散歩してまわる健次…
「いい子だね、アキラは、がんばろうね…僕も頑張るから」
日の光りを浴びて嬉しそうにするアキラ…
この子の未来と自分の未来が明るいものになるように…願いながら。
散歩を終え、アキラを不安にさせないようにいつも通り別れる健次だった…。
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