7 / 26

第7話《代償》

そして、この日を境に健次は新たな場所でベテラン医師につき、院長見習として… 数カ月ほとんど休みなしのハードな激務をこなすため、アキラが気にはなるけれども会いにいくこともできない状態に陥っていく… 自分の家族すらも満足に会えない状況で… 健次の中で、だんだんとその存在が薄れていくのだった… 仕事を何より優先しなくてはならない時期…そう確信して、必死に働いた。 大切な命を救うために… しかし…その代償は恐ろしく大きなものだった……。 その日も、朝からの勤務を終え、そのまま救急の当直へ入る。家には数日、帰れていなかった… いつものように鳴り響く急患を告げるホットラインをとる… 患者は4、5歳幼児、重度の火傷患者だという… 「亜澄!第三処置台使える?」 比較的、軽処置を担当していた亜澄に呼び掛ける… 「オーケイ!今あく、次は?」 すぐ答えて健次に患者の状態を聞く亜澄… 「はい、搬送お願いします。亜澄、重度熱傷、幼児。準備お願い!」 救急隊に簡単に説明したあと、運ばれてくるまでの間、健次は別の患者の処置を手伝う… 息つく暇もないハードな現場… 気付けば一年弱、月日は流れていた… その間に様々な事を経験し、学び、冷静な判断技術も身につけてきたはずだったが… この時ばかりは… 違っていた…。 「健次!熱傷患者着いたみたいだぞッ」 亜澄の声… コールを受けた医師がその患者の処置を、責任持なくてはならないから… 「はい、行きます!」 亜澄に答えて健次は運ばれてくる患者の元へ急ぐ… 処置台への移動を手伝っていた亜澄…患者を見て顔を歪める。 「うわ…ひでぇな、これは…」 重度とは聞いていたが…予想以上の重傷患者だった。 全身に2度から3度の大火傷。 瞬時に生存の可能性は低い患者だと脳裏に過ぎる亜澄… しかし、運ばれて来た以上は、なんとしても助けたい… すぐに看護師へ指示をだし、自分も処置に入る。 「亜澄…」 すぐ健次も処置にはいろうとする… が、健次はその大火傷の幼児を前に凍りついたように動きを止める。 「健次!薬の指示は出したから早く処置を…、オイッ健次ッ!?」 全く動かない健次に声をかける亜澄だが… その健次の顔はいつもの表情とはかけはなれた驚愕の表情に変わっていた… 「…みッ、みのるッ!?」 震えた声で叫んでしまう健次… 「えッ!?」 亜澄も驚く… (…実) と言えば…健次の一人息子の名前だ。 顔にも酷い火傷をしているこの幼児が…みのるだって!? ぐったりとして、もはや泣く力さえ残っていないような子供が… 父の呼び掛けにうっすらと瞳をひらく… 「……と、さん…」 消え入りそうな声で呼び求める我が子… 目の前に起こる事、それは…よほど現実とは思えない光景… そんな現実を前に… 冷静な心情ではいられない健次… 「っ…だ、だいじょうぶ、ッ…父さんがいるから、大丈夫だから…ぅッ…ふッ」 健次は震える声で言葉にしながら…溢れる涙を抑えることが出来なかった… もはや意識のない息子に…… 動けない健次の心境を察して、亜澄は、一人の看護師に指示する… 「おいッ、病棟に川端先生、残ってる筈だから、直ぐ呼んで!…青柳先生!手をかしてください!」

ともだちにシェアしよう!