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第8話

そして、広い処置室を見渡して処置を終えそうだった青柳先生に声をかける。 あと…… 「健次!お前は外へでてろッ、助けてやるからッ!…頼む、連れていってくれ…」 看護師に健次を頼む亜澄…『助ける‥』気休めにもならない言葉だったが… 健次をこれ以上、現場に立たせてはおけないから…無理矢理にでも引き離す。 心電図モニターを気にしつつ処置を続行する… 今までも、生死の境をさまよう子供達を処置してきたが… 「くそッ…オイッ実ッしっかりしろッ!親より先に逝くんじゃねーぞッ!」 呼び掛け必死な亜澄、火傷は…限られた処置しか出来ない。 状態はかなり悪化している… この子の、生きる力に託すしかないから… 「健次先生はどうした!?」 すぐ加勢する青柳先生、健次の事を聞いてくる… 「…この患者、健次の息子なんです」 手を休める事なく事実を伝える亜澄。 「なんだって!」 驚愕する青柳先生だが… 目の前に横たわる子供の状態を見て、言葉すら出なくなる… すぐさま処置を手伝いはじめる青柳先生… 厳しい顔で黙々と、ひとつの命を助けるために… 「…がんばれよッ、生きろッ!」 反対に亜澄は、たえず少年に声をかけながら処置する。 死なせたくない…親友のかけがえのない、大切な家族… 諦めるな、医師が諦めたら…助かる命も助からない… 二人の医師はその信念を胸に、必死で処置をおこなう… 一方… 処置室前の暗い廊下の椅子に座っている健次、頭を抱え… 現実逃避しそうな不安感、混乱する心を必死で抑えつけようとしていた… するとパタパタと駆け寄る足音が… 「あ!先生、先生の家が大火事に!」 慌てた様子で声をかけてきたのは、近くに住む家政婦のおばさんだった。 「……」 声をかけられても、すぐに顔を上げることができない健次… しかし、ハッと不安が過ぎる… 火事…… 自分の家が… 家には… もう一人、大切な存在が… 「っ、妻は!?妻は無事ですか!?」 立ち上がり、健次は家政婦の両肩を持って焦って聞く… 「……先生」 そう問われた家政婦は…微妙な間をもたせて言い詰まる。 「どこに、搬送…されたんですか?」 家政婦の、その様子を見て、なんとも言えない不安と恐怖感が心に冷たく過ぎる… 声を震わせながら、尚問う健次… 「……先生、奥様は…亡くなられたんです」 家政婦は涙を流しながら… そう…健次の耳に伝わった言葉は… 健次にとって最も聞きたくない…言葉。 「え…」 信じがたい現実を前にして… 全身の血の気がひくような感覚に陥り、何も考えることが出来ない… 精神的に麻痺してくる… 「火事の中から助け出された時には…奥様は…もう、…救急車で運ばれたのは実ちゃんだけ、なんですよ…先生、実ちゃんは!?」 家政婦の必死の問い掛けにも…正常に答えられない… 「みのる…」 ぽつりと呟く… 処置室でみた実は… 亜澄が…処置を。 「…っ…僕も」 何か、しないと…自分の息子なのに… でも… 両手が震えて… 身体が震えていて… 目の前もぼやけてよく見えない… 涙が止まらない… あまりのショックに…自分自身をコントロール出来なくなってしまった健次…。 処置室の前にいる自分… あれから何分が経過したのだろう…息子の傍に行きたい… もはやそこにいるのは医師ではなく… ひとりの子の親… 『どうしてッ!なんで助けてくれなかったの!?』 救急患者は…助けられる命ばかりではない… 時には… 『最善は尽くしましたが…力及ばず、申し訳ありません』 母親の感情に流されないよう…何度となく頭を下げたことがある。

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