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第9話
『なんでッあの子はまだ5才なのッ…小学校、あんなに、楽しみにしてたのに…返してよッ…返して…っ』
母親は涙ながらに、ぶつけるあてのない思いを医師にぶつける…
そんな母親に、ただ頭を下げるしかできなかったが…心の中では、『…仕方のない事…』と割り切ることが出来るようになっていた。
最善の処置をし、それでも消え逝く命はあるから…救えなかった苦さは残るが…自分達は、次の患者を助けなくてはならない…
しかし…今、健次は…その母親の気持ちが痛いほどよくわかってしまう。
突然、なんの前触れもなく…大切な命が…消えてしまう。
それはよほど受け入れがたい事だ…
妻はもういないと言う…
みのるは…大火傷をおっていて苦しんでいる。
頭の中でその事実をようやく、認識しようとする健次…
そこへ――
「健次ッ来い!」
呼んだのは亜澄。
健次の返事を待たずに、手を掴み処置室へ引っ張り連れていく…
「……っ」
いざ息子の元へ行くとなると、恐怖感が押し寄せてくる健次…
「健次…」
抑えた声で低く呼ぶ亜澄に、びくっと身体を震わせる…
聞きたくない…
「健次、…俺たちが出来ることは全てやった」
処置室の一角、閉まっているカーテンの前に来て、いつになく真面目な声で続ける…
「っ……」
その言葉にゾクっとする健次…
「お前も医者だから、状態はわかると思う…だから何もいわない。今は、父親として、あの子に付いていてやれよ…」
それだけ痛く切ない声で伝えると…カーテンの中に健次を引き入れる。
「……みの、る」
そこにいる…とても息子とは思えない姿の…
処置台の上、全身大火傷を負った子は身体中処置を受け、皮膚がほとんど見えないほど痛々しい姿…
呼吸器をつけて、かろうじて生命を保つような状態…
いつ心臓の鼓動が止まってもおかしくない微弱な心拍…
意識は戻らない…
もはや、それは時間の問題だった。
「……」
健次は否応無しに…現実を見せ付けられる。
「これはもう…夢じゃ、ないよな…」
かすれた声で、自分の左手を握る亜澄の手を握り返し言う健次…
「……あぁ」
健次の手をさらに強く握りしめながら…健次の言葉に答える亜澄。
「……っ、ごめん…亜澄」
亜澄の答えは妙にリアルで…
再び健次の瞼を濡らす…
「いいから…」
そう囁いて軽く健次の肩を抱き…優しく背をたたいて…
亜澄は、一旦健次から離れる。
カーテンの外に出て、健次を息子と二人きりにする…。
亜澄も…同じ場所には、辛くていられない…
しかし、やはり健次の様子が気になる亜澄…
少しの間…その場所を離れられなかった。
カーテンの外で…見守る。
…しばらく、沈黙が続いたあと…
微かに聞こえはじめる健次の声…
瀕死の息子へ…言葉をかけている…
「みのる…苦しいな、ごめんね…ごめん…」
呟くように言葉にする健次。
現実を受け止めて…そして沸き上がる感情は、何も出来ない自分への怒り、謝っても謝りきれないほどの後悔の念…。
実…
仕事ばかり優先して構ってやれなかった…
こんなことになるなら…仕事なんかより、もっとこの子の傍に居てやれば良かった…
今更、後悔してもはじまらない…
それはわかってる…けど…
「……」
健次の心を強く痛め苦しめる…
みのる…
お前だけでも…
生きてほしい…
そう強く願う。
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