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第3話 邪魔者(伶視点)
土曜日。
部活が予定よりも早く終わり、僕は静かに帰宅した。それというのも今日は、アイツが来ている予定だから。
「お前、こいつのモデル俺だろ」
男の低く苦々しい声に、僕は息を殺して自室へと向かい、ヘッドホンをする。そこから流れてくるのは、叔父さんとアイツの声だった。
「いいじゃないですか、政臣」
「いいわけあるか! ったく、こんなん見せられる俺の気持ちにもなれ」
「担当編集は貴方ですし、私の性癖は分かっているでしょ?」
少し悪態っぽい叔父の声はいっそ親しげで腹が立つ。そしてそれに返すアイツもまた、僕が踏み込めない親密さがあった。
叔父の担当編集をしている御堂政臣は、十年来の友人らしい。編集という前からの仲で、時々叔父を訪ねては飲み明かしたりしている。
確かに叔父と同年齢にしては男らしく色気があるだろう。ちょっと不良っぽいワイルドさもいいかもしれない。
そして、叔父と同じく恋人に男が含まれるタイプの人間だ。
「お前、いい加減恋人つくったらどうだ?」
呆れた御堂の言葉に、僕のこめかみはピクリと動く。
恋人? 叔父さんになんて事を勧めてるんだ。その人は僕がもらうつもりなんだ。他の誰にも渡す気なんてない。ましてや、お前にだって。
「いい年して恋人も作らず尻処女守り続けてるから、悶々としてるんだろ。これ、同意があっての和姦って下りが最初になかったらほぼほぼレイプだろ」
「こういう強引なの、嫌いですか?」
「俺はレイプする趣味もされたい欲望もないな」
「残念ですね、政臣」
「お前だよ」
軽快なトークと、親しい友人だからこその軽口。本当に、ムカつく。
「綺麗な顔してるってのに、お前は中身が残念過ぎる」
「それを言われたら困ります」
「恋人欲しいなら紹介してやる。性欲処理じゃなくて、ちゃんとしたのだ」
そんなのいらない。僕がそこにいくんだ。まだ何の力もないけれど、成績は常にキープしていていい大学に入れるってお墨付きをもらっている。
僕はちゃんとした大学を出て、いい仕事について、叔父さんを養っていくぐらいになってやる。これから成熟した大人になる僕が、叔父さんを可愛がるんだ。
「……そう、ですね」
痛みが走って、言葉がなくなった。その「そうですね」は、そういう意味? もしかして、恋人作ろうっていうの?
「このままじゃいけないと、思い始めてはいるのです。どうしようもない衝動が辛くて」
まさか、そんな……。僕の名前を呼びながら一人で散々濡れているのに、恋人欲しいの? 僕じゃ駄目なの? 他の誰か……そんな他人、この家に上げるものか。
黒い感情がわき上がってくる。誰にも、叔父さんは渡さない。僕のなんだ。
「まぁ、それなら紹介してやる。原稿、今は落ち着いてるのか?」
「え? あぁ、えぇ。でも、少し待ってください。ちょっとだけ冷静になっておきたいですし。それに……私など受け入れてくれる人がいるのか不安ですし」
「ビッチな」
「それですよね」
そうだよ、叔父さん。綺麗な眼鏡男子が夜な夜なちんぽ狂いみたいに求めて、尻処女守ってるくせにローターでグチャグチャにしてて、乳首立てて一人エッチだよ? 完全ビッチの叔父さんのあへ顔見ていいのは、僕だけなんだ。
「まぁ、激しいのが好きな奴もいるしな。平時は穏やか、夜は激しく何度でも。案外金持ちに多いぞ」
「そうなんですか!」
「気が向いたら連絡しろよ」
そう言った御堂が建ち上がる気配があって、僕は息を殺した。玄関先に僕の靴はない。まだ帰宅していない予定なんだから。
やがて玄関が開いて、出て行くのが分かる。足音が廊下を通り過ぎて、リビングの向こうに消えていく。
「……いけませんよね、実の甥にグチャグチャに犯される妄想に取り付かれて。そのうち、妄想では済まされなくなってしまったら……流石に」
苦笑っぽい呟きが、再度流れ込んでくる。
なんだ、僕の事を思って恋人作ろうなんて思ったの? 恋人つくったら僕の事、忘れられると思ったの?
そんな事、させない……
僕はそっと部屋を出て靴を玄関に置くと、ちゃんと音を立ててドアを開け、閉めた。そして何食わぬ顔でリビングへと行き、いい子の仮面を被るのだ。
「ただいま、叔父さん。あれ? 誰か来てたの?」
「おかえり、伶くん。政臣が原稿を取りに来たんですよ」
「御堂さんが? この間、原稿終わったばかりなのに?」
「もう一本書き始めたんで、そっちです」
「そうなんだ」
知らんぷりでリビングを出て、着替え、手を洗って。戻ってみればプリンが用意されている。多分御堂のお土産だ。
「美味しそう! 叔父さんも食べよう」
「えぇ、そうですね」
銀フレームの眼鏡の奥で、目尻の少し下がった優しげな瞳が笑う。
僕は決めた。この人が恋人なんて作る前に、僕が奪い取ってやる。叔父さんのエロ顔も、声も、全部僕のものにするんだ。
決行は、今夜。
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