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Ⅰ:5
「目ぇ覚めたか?」
「マ、ネージャー…」
目を覚ましたらベッドに寝かされていた。
そこは例の店や、客を取る部屋なんかも有るマンションの一室で、数馬さんに拾われて以来俺の部屋として充てがわれた部屋だった。
偶にマネージャーや数馬さんが仮眠を取るために来たりもする。
「腹、一応冷やしたけど多分痣になる。暫く痛むぞ」
「……へい」
腹が痛んで起き上がれない。
寝たまま返事をすれば、マネージャーに大きな溜め息を吐かれた。
確かに働かない俺が悪いのだが、俺だって溜め息を吐きたい。だって、働かないんじゃない、働けないんだ。
電話に出てしゃべれば苦情。黙っても苦情。
考えた上での敬語にも苦情。
メモにマニュアル的なものを全部書いてもらい、それを丸々読んだのに怒られるし、この仕事も俺には向いてないのだ。
いや、最早俺に出来る仕事なんかありゃしない。
同じ部屋に詰め込まれた売り子達からは「タダ飯ぐい」「役立たず」と毎日言われてばかりで、挙げ句の果てには「ブサイク死ね」と来たもんだ。
また自分で自覚があるから言い返せないのも辛いところ。だからこそ俺は、
「マネージャー、俺、辞めます」
こうして何度も何度も辞めると言っているにも関わらず、マネージャーの答えは決まって、
「……糸、ダメだって言ってるだろ?」
「何で? 俺、無理だよ。本当に頭悪いし、なんも出来ねぇし。単なるお荷物じゃないスか」
「ダメだ」
「どうして?」
「どうしても! ダメなもんはダメ! 何と言おうとダメなんだ!」
「オーナーがそう言ったから? 俺がオーナーに飼われてるから?」
俺がそう言えば、マネージャーはまるで子供を諭すように声のトーンを下げた。
「出来ない出来ないって言うけど、まだたったのひと月じゃないか。糸、お前は数馬さんに助けて貰ったんだろ? だったら数馬さんに恩返ししたいとは思わないのか? 感謝してんだろ?」
「……………」
だからここに居ろって言うのかよ。
何も出来ない役立たずと罵られ、吐いて気を失う程強く殴られて。
それでも俺は、ここに居なきゃダメなのかよ…
雨の中で野垂れ死しそうな時、突然差し出された手を俺は思わず掴んだ。
暖かい風呂と食事、清潔な服と部屋を与えられ死ぬほど嬉しかった1ヶ月前。でも…
「も、分かんね」
「糸…」
何故あの人は俺を助けたのか。
あの手を掴んだ事は正解なのか。
どうすれば恩返しになるのか。
そもそも、何故俺は生きてんのか。
それすら今の俺にはよく分からなかった。
「糸、もう一回受付の練習やり直すぞ」
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