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Ⅲ:8

 ―――バンッ!!  部屋のドアが凄い勢いで開き、そこには整っていたはずの髪を乱した数馬さんが立っていた。  その手には携帯が握り締められている。 「あれ? 数馬くん、なん「糸ッ!!」」  八島さんの存在を完全にスルーして彼の前を通り過ぎると、数馬さんは俺を抱き上げた。 「か、数馬さん!? ちょっ、」 「八島さん、今日はこれで失礼します」  数馬さんがそこまで言った時、その部屋の内線がけたたましく鳴り響いた。  八島と数馬さんが同時にその電話を見る。 「お相手は明日、必ず」  電話を見たまま呟いた数馬さんの言葉に、八島がふっと笑みを零した。その目はまだ鳴り続ける電話を見ている。 「来月の約束の日で構わないよ」 「しかし…」 「叔父には私から言っておく。元々今日はイレギュラーだったんだ、気にしなくて良い」  それと、と言って電話から視線を外した八島は、和服の胸元から細長い封筒を取り出した。 「これ、契約書。中々に良い条件を出せたと思うよ。連絡は今月中にでもくれれば良い」  はあ!? と驚いた俺に、八島は子供みたいに舌をペロッと出した。  ◇  八島が手配してくれた車の中、俺たちは矢張り無言だった。かと言って話しかける内容も見つからず…ただひたすらぼうっと外を眺める。 「あれ?」  そうして見慣れぬ景色にふと気付いた。 「この車、店に向かってないですよ!?」  あと二時間もすれば開店時間を迎える。  その前にやっておく事は幾らでもあって、実際マネージャーはとっくに店に居る頃だ。寄り道なんかしてる時間はない。  この車は八島の物だ、もしかしたら何か騙されたのだろうか? 「ねぇ、数馬さっ……!?」  焦って数馬さんを振り向いた途端止まる車。数馬さんは短くドライバーに挨拶をすると、俺の腕を乱暴に掴んで後部座席から出て行く。 「数馬さん! 数馬さん!?」  引っ張られ連れて行かれたのは巨大なマンション。多分、数馬さんの自宅だ。  噂に聞いていた通り、エントランスから黄金色が溢れる豪華な造りのそこを荒々しい歩みで通り過ぎ、手前ではなく奥まった場所にあるエレベーターに乗り込んだ。  途端、呼吸を奪われる。 「んうっ! ん、はぁっ、んっ、んんっ」  喰い尽くす様なそれは、いつもの様でいていつもの彼らしくない。また俺は何か失敗したのだろうかと、恐る恐る閉じてしまっていた目を開けた。  その瞬間、再び腕を引かれエレベーターの中から連れ出される。  殆んど引きずられる様にしてフロアを歩き、俺は数馬さんの指から指紋を読み取ったドアの中に投げ込まれた。

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