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Ⅲ:終

 ベッドなんかじゃない。俺たちはそのまま冷たい床に倒れ込んだ。  仰向けに倒れた俺の首元に、覆い被さった数馬さんが顔を埋める。  ここでヤるのかな…? そう思ったが何か数馬さんの様子がおかしい。 「数馬さん?」 「………何された」 「え、」 「電話を寄越したろ」 「あ、それは関係無いって言うか何ていうか……俺、結果的になんもされてないです」  何もされていない。  確かにそう言ったのに、数馬さんは俺のシャツをたくし上げると素肌に手を這わせた。 「ぁっ……ん、……」  何かを確かめる様に滑る手に、ピクリピクリと従順に反応する肌。もうこのカラダは数馬さんの体温を覚えきってしまったから、触れられればどうしても期待で跳ねてしまう。 いつもならそんな俺の反応に気を良くして喰い付くところなのに、今日の数馬さんはその まま手を引き抜いてしまった。  俺を掻き抱く様に抱きしめる。 「気付いてた」 「え…?」 「八島がお前に興味持ってること。一人で置いて行けば何かされることを、俺は気付いてた」  八島の叔父を抱くことは仕事の内だと理解している。今更その条件を呑んだことに後悔など無い。だが… 「約束外だと跳ね除けることも本当は出来た。でも今は、新しい契約を取れるかどうかの大事な時期だった」 「数馬さん、俺は大丈夫だから。あそこで何かあったとしても、俺はアンタを恨んだりしねぇよ? それがアンタの意思なら、俺はそれで良いんだから」 「良くねぇっ!!!」  ―――ダンッ!!  ツルツルとした石の床を数馬さんが殴った。どれだけ力を入れたのか、石がひび割れ数馬さんの皮膚を傷つける。 「数馬さん、ダメだよ手がっ、」 「テメェは何も知らねぇからンな事が言えんだ! あの男はヤると言ったら必ずやヤる、どんな非道な手を尽くしてでもなぁ。お前が八島の機嫌を損ねてりゃ、最悪組員全員に輪姦されてたかもしんねんだよ! 俺はそれを分かってて置いていった、仕事取る為になぁ!!」 「数馬さん…」 「ンなこと望んじゃいねぇのに、失くすところだった…失くすところだった!!」 「数馬さんっ!!」  ―――俺は汚ねぇ…  そう呟いた数馬さんは、顔を歪ませ、初めて俺の前で泣いた。  床を殴り続ける手を止めたかったけど、仰向けに倒れたままじゃどうにも出来ない。  俺は必死で数馬さんの頭を抱き締めた。 「大丈夫、大丈夫だから。結果的にアンタは何も失くしてない、俺は無事にここに居る、そうだろ?俺はアンタを悲しませる様なことは絶対にしないよ、絶対に絶対だ。どんな事があっても、それだけは絶対にしない。誓うよ、誓うから……だから頼むよ」  泣かねぇで、数馬さん…  こんな時こそ俺のカラダで何もかも忘れさせてあげたいのに、まだ俺にはそんなテクは無いし誘い文句も分からない。  だからただ、冷たい床の上で二人抱き合った。  ずっとずっと抱き合ってた。  そうしてこの日、俺は初めて仕事を休んだのだった。  第三章:END

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