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Ⅳ:1
※数馬に受けの経験はありません。
【SIDE:数馬】
今まで生きてきた中で、何かに執着することなど一度も無かった。
それが例え己の人生であったとしても、そこにしがみ付いてでも守りたい物や、この手に残したい物は何一つとして持ってはいなかった。
「お疲れ様、数馬くん。お茶でもどう?」
「いえ、今日はもう戻ります」
「そう? じゃあ車を回させようね」
来た時と変わらぬ乱れの無いスーツ。
先ほどまで何をしていたかなど、この姿を見た者は誰も気付きはしないだろう。
仕事の為に体を売る事に抵抗は無かった。
今より格段に若く幼い頃から金の為に差し出してきた体だ、今更見知らぬ男を抱けと言われた所で、俺にとっては大した話ではなかった。
◇
回してもらった車も断り外に出た。
まるで嵐の様な夜だった。
安いビニール傘の骨は今にも折れそうだったが、その時はその時だとスーツが濡れるのを気にもせず夜道を歩く。
八島組の本家から自宅のマンションまでは結構な距離があり、まだ店の方が近いかと足は自然とそちらに向いた。
自身の体を売る事に抵抗は無い。
無いはずなのに、偶に無性に気分が悪くなる事があった。どこもかしこも腐っている様な、全身が穢れ肉が爛れ落ちていく感覚に襲われるのだ。
その日もまたそんな感覚に陥っていた。だからこそ、この嵐の様な酷い雨に降られて帰りたくなった。
雨が、腐った部分を洗い流してくれるとでも思ったのかもしれない。
人気の無い薄暗い公園の垣根に、何かが落ちていると気付いたのは偶然だった。何となく引き寄せられる様にして近付いてみれば、それは物では無く人間だった。
ぐったりと倒れこんだ“ソレ”は片方の足にしか靴を履いていない。
冷たい雨に体温を奪われたのか肌は異様に白く、唇も青く変色していた。
死んでいるんだと思った。
だが、暫くジッと見ていると“ソレ”の短いまつ毛がピクリと揺れる。
やがて何かに呼ばれたかの様に重たげな瞼を持ち上げ薄っすらと開くと、その瞳はしっかりと俺を認めた。
「…………っ、…」
何か言おうとするが力が残っていないのか声が出てこない。もしくは、出ていたのかもしれないが激しい雨がそんな小さな音など打ち消してしまったのだろう。
ソレは不思議な目をしていた。すがる様なものでも無く、何かを期待する様な目でも無かった。目が離せなくなっていた。
そうして気付けば、俺は無意識に手を差し出していた。
黙って手を差し出した俺をソレが見つめ、その瞳からポロリと涙を零す。
それが本当に涙だったのか雨だったのかは正直わからない。
だが、それがそっと俺の手に重ねられた手を強く引き上げるきっかけになったことだけは、間違いようのない事実だった。
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