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Ⅳ:2
拾った男【糸】は、年齢を聞けば一応成人している様だったがその中身は幼いガキそのもので、想像以上に阿呆で無知で…哀れな存在だった。
店の有るマンションの空き部屋に連れて行き、直ぐ風呂に押し込んでやれば黙って冷水を浴びているし、お湯に変えてやれば「何これ!何これ!気持ちい!」とはしゃいでいる。
脱がせた服や下着は、絞れる程濡れていても目立つくらい汚れが酷く、解れや消耗が激しい。
それだけでこれまでの生活環境を多少伺い知れたが、何より、糸のその素肌が凄惨な過去を物語っていた。
どれだけの人間に傷付けられて来たのか。
それは、その体を見ただけで簡単に想像がつく程に酷いものだった。
暖かい湯とシャンプーでしっかりと汚れを落とし乾燥させた糸の髪は、まるで紅葉の様な色をしていた。光を通すと微かにオレンジ色にも見える。
ふよふよクルクルと自由な動きを見せるその髪に触れれば、その手触りは柔らかい毛糸みたいで気持ちが良い。
何となくそのまま撫でてやれば、まるで猫みたいにその腫ぼったい目を細めて撫でられている。
その内喉をグルグルと鳴らすのではないかと思うと、思わず笑いそうになった。
「オーナー、お粥出来ましけどもう食べさせますか?」
キッチンからヨシがこちらに声をかける。
その顔は疲れが濃く浮かんでおり、突然呼びつけられた不満も滲んでいる。
それでも俺が頷けば、ヨシは簡易のローテーブルの上に手早く用意した殆んどお湯に近い粥を持って来た。
「ゆっくり食べろよ? 熱いし、急に入れると胃が驚いちまうからな?」
ヨシが諭す様に声をかけるが、余りの空腹でかその声は糸の耳には入らなかった。
飛びつく様にしてヨシからレンゲを奪った糸は粥を口に掻き込んだ。
「おい!!」
「ひぃあうっ!?」
案の定熱さで火傷したのか糸がレンゲを弾き飛ばした。床に落ちたレンゲがガランと音を立てて転がる。
「馬鹿野郎、水飲め」
冷たい水を汲んだコップを渡してやれば、俺の手ごと掴み勢い良く飲んだ。
「オラ、口ん中見せてみろ」
ぷはぁっ、とコップから口を離した糸の頬を俺に向けさせれば、糸は言われるがままに「あ"~」と口を開く。そこに親指を少しだけ入り込ませると、糸の唇が柔らかく反発してみせた。
口内を覗き込む為に顔を近づければ、低い鼻の上に散らばるソバカスが一瞬目に入る。
「舌も出せ」
「レロ…」
「少し赤いがまぁ、大丈夫だろ」
と、そこでヨシを見ると変な顔をしている。
「何だ?」
首を傾げて見せれば更にその顔は奇妙に歪んだ。
「いや…先輩が人の世話してるなっ…って思って」
ヨシが俺を昔の様に“先輩”と呼んだ。よっぽど気が動転しているのだろう。だが、その気持ちは俺にも多少理解出来た。
過去の…ヨシの知る俺からは、こんな小さなガキの様な、それでいて成人しているよく分からない男を拾い、挙句世話をする姿なんて信じられないのだろう。
そしてその感覚は間違いでは無く、今も昔も変わりなく例え小さなガキが目の前でぶっ倒れて居たとしても、俺は自らの手を差し伸べる様な真似はしなかったはずだ。
「まぁ、拾っちまったからにはもう、コイツは俺のモンだからなぁ」
何故か拾う気になってしまったのだから仕方ない。そう思って必死で粥を食べようとする糸の髪を混ぜれば、ヨシはまた奇妙な顔を俺に向けた。
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