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終章:3

 思ったよりも早く店から出てきた先輩の手には、その店のロゴが入った小さな袋が下げられていた。 「先輩、それって…」 「…………」  先輩は照れているのか返事をせず、そのまま再び帰路についた。 「そう言えば明日でしたっけ、糸の誕生日」  糸が先輩に拾われてから、初めて迎える誕生日。  クリスマスに何も頼まなかった糸に、『何かひとつくらい欲しいモンはねぇのかよ』と先輩がボヤいていた事を思い出す。  元々“期待”なんて言葉を知らずに生きてきた子だ、誰かに物を強請るなんて意識すら無いのだろう。糸は、酷く物欲に欠けた子だった。 「それにしても、意外なものを欲しがりましたね」  糸が何かを欲しがったとして、テレビだとか、ゲーム機だとか、もっと子供っぽい物なら何となく想像できるが、まさかアクセサリーの類を欲しがるとは思わなかった。どこか糸らしくないとさえ思えた。 「アイツがこんな物を欲しがると思うか?」 「いえ、全く思わないですね」 「だろうな。アイツが欲しい物はもっと別のモンだ。結局最後まで口にはしなかったけどな」  そう言って先輩が苦笑する。 「糸が欲しい物、ですか」  先輩が手にしている物の存在を忘れ、心を無にして考えてみる。  糸が何よりも欲しがる物って一体何だろうか。そうして考えつくのは、矢張り俺の目の前を歩く男のことだけだった。  そうしてその背中をジッと見ていると、突然先輩がとんでもないことを言い出した。 「今日八島組に行ったのは、“契約”を無しにして貰う為だ」 「なっ、それは本当ですか!?」 「ああ。これ以上カラダは差し出せないから、別の物に変えろと言いに行った。だから何かあった時の為にお前を連れて行ったんだ」 「だったらそうと言って下さいよ! 何かあってからじゃ遅いんですから!」  裏稼業の重鎮相手に“契約を無しにしろ”だなんて、言おうと思っても言えることではない。それも普通とは余りにかけ離れた、異色の契約をしているのだから。  冷や汗をかいて怒鳴る俺を振り向きもせず、先輩が可笑しそうに肩を震わせる。 「しかし…八島の意向に逆らうなんて、無謀な事をしましたね。命があって良かったです」 「いや、そうでも無い。元々取引なんて破綻してたからな」  先輩の言葉に首を傾げると、先輩は漸く肩越しに俺を振り返った。 「もう暫く、俺は八島のオッサンを抱いてねぇ」 「えっ!?」  驚いた俺に、先輩が悪い顔で笑って見せた。

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