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第5話

そろそろ夕方になるが、まだベッドで横になっていた。一週間ぶりの休日だというのに、さっきからため息が止まらない。 「はやく終わらないかな……」 自分でもそんな台詞が、口から出ることに驚く。今まではやく終わって欲しい休日なんて一度もなかった。 外は小雨が降っており、鉛色の雲が空に広がっている。もうじき天気が常に悪い時期がやってくるのを感じる。 出かけるつもりは全くなかったので、天気なんてどうでもよかった。しかし、何もしないで一日を無駄にしてしまうのは精神的によろしくない。 僕は重い腰を上げた。ドアを開け、階段を降りる。一階にある店に着くと、窓際のソファーに腰掛けた。誰もいない店内は薄暗い。 いつもなら向かい側にユウが座っているのに、とつい考えてしまう。 自分でもよく分からない。すぐにユウのことを考えてしまう。 僕は、彼の好きなものや考えていること、顔すらも知らない。全然知らないのに、彼についてあれこれ想像するのを止められない。 これは単なる好奇心なのだろうか。なんだか、自分のことも分からなくなりそうだ。 「あー、めんどくさい」 同じことを何度も考えるのは嫌いだ。それで解決するわけないし、何より頭が疲れる。 そんな時にすることは一つ。 僕は元・祖父の部屋に入ると、適当に本を数冊選んだ。 この部屋は本棚以外の物が多すぎて、掃除する気が全く起きない。カーテンと窓は数年前から開けていないせいで空気は淀んでいる。 そんな部屋から目を背けるように、そそくさと退散して柔らかいソファーに戻る。 本のページをめくっているうちに、頭の中にあった雑音が消えていくのを感じる。文章を読んでいる間は、本の中の世界に入り込むことが出来るのだ。 現実逃避のような読書をしていると自分でも思うが、やめられない。 しかし、その逃避はすぐに中断させられた。本に挟んであった何かが、パラリと落ちたのだ。 それは色あせた写真だった。所々折れ曲り、見えにくくなっている。 古い家の前で笑う少年と老人が写っていた。 「懐かしい…」 祖父が病気になり、この街に引っ越す直前に撮った写真だった。この頃の僕はまだ幼く、背丈は今の半分ほどしか無い。 今までなくしてしまったと思っていたが、まさか本に挟まっていたとは。 あの家はまだ残っている。祖父が僕に残した唯一の形見。しかし、僕はそれを未だに受け取っていない。 「まだ帰らなくてもいいかな」 僕は写真を再び挟み、本を閉じた。もう読書をする気は失せてしまった。 休日の夜を締めくくるには、あの場所に行くのに限る。 「久しぶり。偶然だね」 僕が声をかけると、ズオはふっと微笑んだ。 彼が笑うと、周りの空気が、春のように柔らかくなる。 僕は店に電話をする時、とくに誰かを指名しない。だから連続で同じ男娼に会うことは珍しいのだ。 『今日はよろしくおねがいします。』 ズオは僕にメモを差し出す。前見た字よりも、綺麗で整っている。お手本のような文字だ。 「前よりも、文字が上手になったね」 僕はつい、思っていたことを口に出した。失礼だっただろうか。慌てて訂正する。 「あっ、別に君の字が下手だった訳ではないよ」 ズオは目を細め、うなづくと、メモにペンを走らせた。 『ありがとうございます。ほめてもらえてうれしいです。』 「そう?喜んでもらえてよかった」 ズオは幼い子供のように頰をほころばせた。 そして目を閉じ、濡れたように艶めく黒髪を耳にかけた。一瞬にしてズオの印象が、子供から、色気のある青年に変化する。 僕はそれが"合図"だとすぐに理解した。 今からまた始まるんだ。 「…始めよっか」 ズオはもうあどけない表情を浮かべなかった。彼はただ僕を見つめ、悪戯っぽく微笑むだけだった。 その瞳は青と黒を混ぜたような色で、夜空みたいだと僕は思った。

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