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第6話
バリバリと、砂利を撒くような音が響く。横殴りの雨がトタン屋根を叩いている。バケツをひっくり返したような雨は、止む気配が全くない。
このまま、この街の汚れを全て洗い流してくれたらいいのに。そんなことを考えながら、僕は窓の外を眺めていた。
窓ガラスに付いた雨粒のせいで、外の様子は滲んで見えない。僕は目を凝らしながら、いつまでもそこを見つめていた。
さっきから身体中が疼き、落ち着かない。体内の奥底から何かが湧き上がってきそうだ。
昔治したはずの貧乏揺りは止まらないし、時計を何度も見てしまう。
自分がこんな風になった原因は分かっている。ユウの帰りが遅いのだ。
一時間前、僕は彼にお使いを頼んだ。珍しく視界は良かったし、暖かかったかったからだ。
僕の代わりに修理するためのマスクを、常連客の家に取りに行ってもらった。足の悪い一人暮らしの老婦の家だ。ここから歩いて三十分ほどの場所にある。
しかしユウが出て行った直後に空は暗くなり、冷たい風が吹き始めた。
やばそうだな、と思った瞬間にこの豪雨。今朝の天気予報をしっかり見ておくべきだった。
ユウは傘も持たずに出かけた筈だ。
どこかで雨宿りをしているのか、濡れたまま歩いているのかは分からない。どちらにしろ、帰りが少し遅い気がする。
僕は壁に立てかけられた傘を二本持ち、ドアを開けた。
会いたくてたまらなかったユウが目の前にいた。僕が急にドアを開いたせいで、ドアノブに手をかけていた彼はバランスを崩した。
「わっ…、ビックリした。丁度いいタイミングだったな。ただいま」
前のめりになるユウを片手支えた。
「ユウ、お帰り。もっと早く迎えに行けばよかったね。ごめん」
「気にすんなよ。ちょっと濡れただけだから……ッシ」
ユウは言葉の途中でクシャミをした。よく見ると、彼の服は雨に濡れて水をグッショリと含んでいる。
「風邪引いちゃうよ。早く入って」
僕はユウを店に入れ、ストーブをつけた。
「あったかい…。しかし、こんなに降るなら、雨宿りでもすればよかったな。シャワーでも浴びた気分だ」
僕はソファーの上で身を小さくして座るユウに話しかけた。
「…本当のシャワー浴びてきたら?着替えを用意するから」
「マジで?ありがとう。じゃ、お言葉に甘えて借りるとするかな」
ユウは店の奥のドアへ消えた。彼の歩いた場所には足跡のように水滴が落ちている。
「……やばかった」
一人きりになった部屋で僕はしゃがみ込んだ。心臓が煩いくらいに響いて、胸が少し痛い。
顔が内側から熱を持ち、火照る。
目を閉じても、さっき見た光景が反芻してしまう。
ユウは肌寒い時期だというのに薄着だった。
雨に濡れた薄い服は、彼の肌を透けさせていた。それも胸にある二つの突起がはっきりと分かるくらいに。
服がピッタリと張り付いていたせいで、彼の体型が明確に見えた。腰は細く、くびれていた。
…これ以上思い出すのはやめよう。
何か間違いが起きる予感。危険を孕んだ発想。
今の平和な日常が壊れてしまう、そんな気さえする。
僕は立ち上がり、二階へ上がった。自分より小柄なユウでも着られそうな服を選ぶためにだ。
「オルト、シャワーありがとな。終わったよ」
「うん……って、え!?何、その格好!?」
僕は持っていたマグカップを落としそうになりながら言った。慌てて持ち直す。
「せっかく準備してくれたズボン…ちょっと、じゃなくてかなり大きかったから履けなかった。ごめんな」
「いや、いいよ。気にしないで…。ユウの服は干しておいたから」
ユウは僕の隣に座った。ソファーが沈み、体が少し傾く。あくびをしながらユウは言った。
「何から何まで申し訳ないな。…少し寝てもいいか?最近睡眠不足でさ」
「構わないよ。もう閉店時間過ぎてるし。おやすみ」
ユウはすぐに小さな寝息をたてて、動かなくなった。相当眠気を堪えていたようだった。
ユウは、僕の準備したシャツしか着ていなかった。裾の長いシャツは脚の付け根をギリギリ隠しているだけで危なっかしい。足を少しでも広く開けば、下着が露わになってしまうだろう。
彼が歩くたびに動く白い太腿や、固そうな鎖骨から目を逸らすことに精一杯だった。
隣で眠るユウの膝に毛布をかけて、やっと一息つけた。
自分でも変だと思う。
「油断したら、手を出してしまいそう」
そんな予感が、チラチラと目の前に現れるこの現状に。
今までの僕は、欲情や色事といったものに無縁だった。性欲が昂ぶれば金で解決したし、ずっとで過ごすことも一人平気だったからだ。
しかし今はどうだ。
少し薄着になったユウにドギマギさせられる。
一人きりになるとユウのことが頭に浮かぶ。
僕はこの感情を知らない。感じたこともない。
これは小説や映画でよく見る、アレなのだろうか。
登場人物はこんな気持ちを一人で抱えていたのか。
胸が点火したように熱くなる。
喉のあたりがキュッと締まって息苦しい。
一度刺さった棘のようなコレは抜けない。
こんなありふれた例え話を誰に話せばいいのだろう。
僕はコレを一人で胸に仕舞えるほど強くない。
隣で眠るユウが僕にもたれた。全身を僕に預けている。
彼の肩の暖かさを布越しに感じる。ユウの体が触れている場所は、いつもより熱い気がする。
優しい暖かさ。僕は眠気に襲われ、微睡みの中へ落ちそうになる。
僕は雨の音を聞きながら、「自分の心臓音がユウに伝わっていないか」と、そんなことばかり気になっていた。
雨音が遠のく。ユウに誘われるように、僕も眠った。
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