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第7話

休日の繁華街通いもこれで最後になるのだろうか。 正直な所、あの雨の日以降僕は枯れ気味だった。しかし習慣化した行動はすぐにやめられない。結局店に電話をしてしまったのだ。 いつものように僕は、安いラブホテルの部屋を取り、ランダムでやってくる男娼を待っていた。 今日は最後まで行けるだろうか。 こんな日は上手くいかなかった時の、あの気まずい雰囲気を思い出してしまう。 「…いつもより遅いかも」 電話で、娼夫は21時頃に部屋へ着くと聞いていたが、まだのようだ。現在の時刻は21時半。 別に急ぐ必要はない。僕は持ち込んだ小説を読みながら時間を潰すことにした。 栞を挟んだページをパラパラと探していると、ドアがノックされた。到着したようだ。 僕はドアへ歩み寄り、チェーンを外す。 ドアスコープを覗いた時、僕は思わず「おや」と声を漏らした。 廊下にズオが立っていたのだ。 重い扉を開け、うつむきながら入室するズオを迎える。 「また会ったね。三回連続なんて本当に始めてだよ」 彼は僕の言葉に微笑み、うなづいたが、何か変だ。 顔色が酷く悪い。室内の青い照明のせいでもなさそうだ。 「…大丈夫?とりあえず座りなよ」 ベッドの横に置かれたカウチを指差した。 しかし、ズオは立ち尽くしたまま動かない。ポケットからメモを取り、何か書き出した。 『平気です。シャワーは浴びてきました。 始めましょうか。』 「ズオがいいなら…」 いつもと違うズオの様子に気圧される。 触れる者を傷つける、鋭利な刃物のような雰囲気に。 ズオは僕に背を向け、着ていた黒いタートルネックを脱いだ。 服の下の白い肌が露わになる。 僕は彼の上半身を思わず凝視した。 「…どうしたの、それ……」 彼の首に黒い蛇が巻きついたような、濃い痣が残っていた。遠目からだと、首輪を付けているようにも見える。 よく見ると彼の小さな背中に、白くて細長い傷がいくつも残っていた。 『前のお客様の趣味です。貴方はお気になさらずに』 「……ズオ、服を着て」 『こんな体だと嫌ですよね。申し訳ございません。』 「そうじゃない」 僕は壁のスイッチを弄り、部屋を明るくしながら言った。 「今日はセックスじゃなくて…その、僕の悩みを聞いてほしいんだ。こういうサービスは対応してないかな?」 ズオは驚いたように一瞬目を大きくしたが、すぐにいつもの表情に戻った。 『大丈夫ですよ。私で良ければ』 「ありがとう。でも、敬語を書くのって大変だよね?楽にしてよ」 『敬語の方が書きやすいです。でも、少しだけ緩くしますね。ありがとうございます。』 さっきより、少しだけ砕けた印象の文章になった。こちらの方が、僕としても話しやすい。 全く整理のついてない感情を上手く伝えられるか不安だった。しかし、いつまでも胸中に収められる自信は無い。 取り敢えず、僕は最近店に入ってきた青年について喋った。そして休日が退屈になったことや、あの雨の日についても洗いざらい話した。 しかし、なんとなくユウの名前を出せなかった。口に出すと、この感情が急に現実味を帯びるような気がしてならなかったからだ。 『なんだか恋愛相談みたいですね。』 「えっ、そう聞こえる?やっぱりそうなのかな…」 『それについて、私からは何とも言えません。しかし、お客様のお気持ちはよく分かります。』 「どういうこと?」 ズオは視線を宙に這わせる。そしてメモに書き込んだ。 『僕も片思いをしているからです。こんなこと誰にも教えてません。お客様だけですよ。』 彼は耳まで真っ赤に染めながら微笑んだ。 「そうなんだ。恋をするってどんな感じ?」 『ふとした瞬間に相手のことを考えてしまいます。あと、同じようなことで何度も頭を悩ましてしまいますね。』 今の自分と状況が似ている。 僕もテンプレートを当てはめたような行動を、知らず知らずのうちにしていたようだ。 『でも、私はお客様のように恋愛を楽しむ権利はありません。』 「そうかな…。どうして?」 『私は身体を売っていることを、相手に隠しています。お客様はこんな仕事をしている人は嫌ですよね。私は汚れている。』 「どうして」なんて無神経な質問をしてしまった。いつも涼しく微笑むズオにも悩みがある。そんなこと、当たり前だ。僕はそれを忘れかけていたのだ。 「僕だったら、相手がどんなことをしていても受け入れると思う。それにズオ、あまり自分を卑下しないで。君は汚れてなんかないよ」 ありきたりな言葉だろうが、これが僕の本心だった。 本心でも口に出すと、急に照れくさくなってしまう。僕はうつむき、ズオから顔を隠すように自分のつま先を見つめた。 すると、隣で座るズオの動きが止まった。さっきまで、ずっとペンを動かしていた手が小刻みに震えている。 顔を上げた。 僕の目に、ズオの濡れたまつ毛が映った。彼が瞬きをするたびに、涙がポタポタ落ちる。そこだけ雨が降っているようだった。 ズオは左手を口に押し当て、泣き続けた。そうでもしないと、声が漏れてしまうからだろう。 僕は、ただ彼の頭を撫でることしか出来なかった。子猫の毛ような柔らかい髪。 今、自分は黒猫を撫でている。そんな錯覚に陥りそうだった。 二時間経ったことを告げるアラームが鳴ったが、ズオと僕はしばらくそのまま動かなかった。

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