10 / 16
第10話
深夜、家族にバレないように寝室を出て、こっそりキッチンに向かう。そして冷蔵庫を開け、大切に保存しておいたプリン出す。
内緒で食べる夜食ほど美味しく、ワクワクするものはないだろう。
休日の深夜にズオと会うことと、それはよく似ている気がする。
どちらも、わずかな非日常感と高揚感を持ち合わせているからだ。
最近、ズオと恋愛話をすることが楽しみの一つとなっている。以前の僕だったら恋について真剣に悩んだり、考えるなんてあり得なかった。
今日も彼と話せると思うと胸が踊った。
好きな人と肩を組んで歩いたことを、早く教えたかった。
普通、自分の恋愛事情を他人に事細かく話さないだろう。きっと僕に身近な友人がいても、ここまで喋らない。
何故かズオには洗いざらい全て話せるのだ。
いつもの格安ホテルで部屋を取り、使う予定のないベッドの上でズオを待っていた。
外は土砂降りの雨で、窓から見えるネオンの光が滲んでいる。
僕はさっきから何度も時計を確認していた。
珍しく、ズオが遅刻しているからだ。外の天気のせいだろうか、余りにも遅すぎる。
こんな風にズオが遅刻してくる日は、嫌なことが起こる。僕の中でそんなジンクスが出来ていた。
きっと彼の身に何かあったのだ。
無情に進む秒針の音と、雨音のせいで落ち着かない。ラブホテルの部屋は、一人で過ごすには広すぎる。
もう一度、店に電話をして彼の居場所を確認しようと、サイドテーブルの電話に手を伸ばした。
その時だった。僕が受話器を持ち上げたと同時に、ドアが開いたのだ。
「ズオ」
僕がドアまで駆け寄ると、ずぶ濡れになったズオが立っているのが分かった。手には折れた傘がある。よく見ると、ズボンとシャツに泥が付いていた。
「転んだの?取り敢えず、入りなよ」
僕の言葉に頷くだけで、ズオは歩こうとしない。服が濡れて寒いはずなのに。
「タオル取ってくるよ」
僕は洗面所に入り、壁にかけてあるバスタオルを取った。なぜか立ち尽くしているズオに何度も話しかけられなかった。
外から何かが倒れるような、大きな音がした。
ドスン、と床が揺れる。古いホテルはわずかな振動も大袈裟に感じる。
洗面所の外で、ズオが突っ伏して倒れていた。
どうやら転んだようで、ほふく前進のように這っている。
「大丈夫!?立てる?」
僕は手を伸ばし、ズオの腕を掴んだ。
ズオは一度は立ち上がったものの、両足が床についたと同時に、またバランスを崩した。
ズオは顔をしかめ、壁に寄りかかりながら歩こうとした。
転んだ時に何処かしら怪我をしたようだ。足を庇うように、体を揺らしながら歩く。
そして時間をかけ、ようやくベッドに到着した。
「怪我をしたんだね。手当てをした方が良いよ。僕に見せて」
彼の脚に手を伸ばした。しかしズオは急に足をバタつかせ、見せようとしない。予防接種を拒む子供のようだった。
しかし急に動かしたせいで、ズオが履いていた靴が飛んだ。
弧を描く靴を見て、明日の天気を占う遊びを思い出した。今回の結果は雨。
「もう、ビックリしたなあ」
僕は靴から視線を外し、再びズオの足を見た。
靴を脱いだズオは素足だったが、すぐにそのことに気づけなかった。
何故なら彼の右足首に、何かが巻き付いていたからだった。
「これって」
それはテーピングテープだった。
彼の足首には、まるで不恰好なミイラ男のように所々シワやヨレのあるテープが巻いてあった。
それに見覚えがあった。
まさかそんなことがあるのだろうか。これは僕の思い違いだ。もしくはただの偶然だろう。
「失望しただろう」
頭上から声が降ってきた。
耳に馴染んだ声。
ゆっくり見上げると、彼が僕を見つめていた。
夜空のような暗い青色の目で。
彼はゆっくりと立ち上がり、右足を引きずりながら部屋から出て行った。
聞こえた声は、紛れもなくユウのものだった。
ともだちにシェアしよう!