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第10話

深夜、家族にバレないように寝室を出て、こっそりキッチンに向かう。そして冷蔵庫を開け、大切に保存しておいたプリン出す。 内緒で食べる夜食ほど美味しく、ワクワクするものはないだろう。 休日の深夜にズオと会うことと、それはよく似ている気がする。 どちらも、わずかな非日常感と高揚感を持ち合わせているからだ。 最近、ズオと恋愛話をすることが楽しみの一つとなっている。以前の僕だったら恋について真剣に悩んだり、考えるなんてあり得なかった。 今日も彼と話せると思うと胸が踊った。 好きな人と肩を組んで歩いたことを、早く教えたかった。 普通、自分の恋愛事情を他人に事細かく話さないだろう。きっと僕に身近な友人がいても、ここまで喋らない。 何故かズオには洗いざらい全て話せるのだ。 いつもの格安ホテルで部屋を取り、使う予定のないベッドの上でズオを待っていた。 外は土砂降りの雨で、窓から見えるネオンの光が滲んでいる。 僕はさっきから何度も時計を確認していた。 珍しく、ズオが遅刻しているからだ。外の天気のせいだろうか、余りにも遅すぎる。 こんな風にズオが遅刻してくる日は、嫌なことが起こる。僕の中でそんなジンクスが出来ていた。 きっと彼の身に何かあったのだ。 無情に進む秒針の音と、雨音のせいで落ち着かない。ラブホテルの部屋は、一人で過ごすには広すぎる。 もう一度、店に電話をして彼の居場所を確認しようと、サイドテーブルの電話に手を伸ばした。 その時だった。僕が受話器を持ち上げたと同時に、ドアが開いたのだ。 「ズオ」 僕がドアまで駆け寄ると、ずぶ濡れになったズオが立っているのが分かった。手には折れた傘がある。よく見ると、ズボンとシャツに泥が付いていた。 「転んだの?取り敢えず、入りなよ」 僕の言葉に頷くだけで、ズオは歩こうとしない。服が濡れて寒いはずなのに。 「タオル取ってくるよ」 僕は洗面所に入り、壁にかけてあるバスタオルを取った。なぜか立ち尽くしているズオに何度も話しかけられなかった。 外から何かが倒れるような、大きな音がした。 ドスン、と床が揺れる。古いホテルはわずかな振動も大袈裟に感じる。 洗面所の外で、ズオが突っ伏して倒れていた。 どうやら転んだようで、ほふく前進のように這っている。 「大丈夫!?立てる?」 僕は手を伸ばし、ズオの腕を掴んだ。 ズオは一度は立ち上がったものの、両足が床についたと同時に、またバランスを崩した。 ズオは顔をしかめ、壁に寄りかかりながら歩こうとした。 転んだ時に何処かしら怪我をしたようだ。足を庇うように、体を揺らしながら歩く。 そして時間をかけ、ようやくベッドに到着した。 「怪我をしたんだね。手当てをした方が良いよ。僕に見せて」 彼の脚に手を伸ばした。しかしズオは急に足をバタつかせ、見せようとしない。予防接種を拒む子供のようだった。 しかし急に動かしたせいで、ズオが履いていた靴が飛んだ。 弧を描く靴を見て、明日の天気を占う遊びを思い出した。今回の結果は雨。 「もう、ビックリしたなあ」 僕は靴から視線を外し、再びズオの足を見た。 靴を脱いだズオは素足だったが、すぐにそのことに気づけなかった。 何故なら彼の右足首に、何かが巻き付いていたからだった。 「これって」 それはテーピングテープだった。 彼の足首には、まるで不恰好なミイラ男のように所々シワやヨレのあるテープが巻いてあった。 それに見覚えがあった。 まさかそんなことがあるのだろうか。これは僕の思い違いだ。もしくはただの偶然だろう。 「失望しただろう」 頭上から声が降ってきた。 耳に馴染んだ声。 ゆっくり見上げると、彼が僕を見つめていた。 夜空のような暗い青色の目で。 彼はゆっくりと立ち上がり、右足を引きずりながら部屋から出て行った。 聞こえた声は、紛れもなくユウのものだった。

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