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第14話 ミッドナイト・ブルー③

彼の横顔が好きだ。 高い鼻からスラリとした顎にかけたラインをいつまでも見つめていられる。 キチンと締まった唇に触れたいと何度思ったか分からない。 彼は今、本を読んでいる。 端から端まで文字が詰まったページをよく平気な顔で読めるものだ。俺なら数行でお手上げだ。 そんな俺は、ノートを同じ文字で埋め尽くしている。鉛筆で手が黒くなっても、手首が痛くなっても御構い無しに書き続けた。端から端まで満遍なく。 以前、俺を雇った男に「お前は字が汚ねえ。少しは練習してこい」と、どやされたからだ。 こんなことをしても給料に影響はない。無視してやろうかとも思った。 しかし、毎日本を読むオルトを見ていると、少しは読み書きが出来た方が良いのでは、と思うようになった。 彼と読み終わった本の感想を言い合いたい。 もしかしたら、オルトと本の趣味が合うかもしれない。 そんな淡い期待を込めて、俺は給料に影響しないお勉強に勤しんでいるのだ。 「オルトは本を読むのが好きなんだな。俺は読み書きが得意じゃないから、こうして勉強してる」 「そうなんだ。…僕の本を少し読んでみる?きっと練習になると思うよ」 「いいのか?ありがとう」 彼はソファーから離れて、書庫から数冊の本を持って来た。 茶色に変色した表紙は年季を感じる。 ページをめくると、文章の殆どが会話文だったので読みやすそうだった。 「この本の人物は綺麗な言葉を使うんだな」 「昔の本の登場人物って丁寧に話すよね。僕もよく真似したなあ」 俺はオルトの柔らかい話し方が好きだ。 自分の凝り固まった心がほぐれていくような気がする。 彼の声は、眠る前に童話を読むのにピッタリだ。きっと安心して眠れるだろうな。 「オルトは今でも充分綺麗だよ」 ポロリと言葉が漏れてしまった。こんな直接的な褒め言葉を言うつもりはなかったのだ。 内心慌てている俺とは裏腹に、彼はいつもの笑顔で僕を見つめていた。 彼から借りた本は、俺でもすんなり読むことが出来た。 バイトが終わってから、夜の仕事が始まるまでの短い時間で半分ほど読み進めた。 俺は残りのページの厚さを指で確かめた。たったこれだけのページで、こんなに壮大な物語をどう締めくくるのだろう。 そんな不安に襲われる。我慢出来ず、パラパラとめくった。内容を見ないように素早く。 すると本に何か挟まっていたのか、紙のようなものがパサリと音を立てて落ちた。 栞かレシートだろうかと、何の気なしに拾う。 どちらでも無かった。それは写真だった。 角が折れ、インクが色褪せている、古い写真。 少年と老人が古い家の前に立っている様子が写されていた。その少年がオルトだと一目で分かった。あの瞳は昔から変わっていないようだ。 裏を見ると15年前の日付が鉛筆で走り書きされている。 きっと以前住んでいた家なのだろう。家屋の裏手に青々とした山が広がっている。わずかに写り込んだ空は、信じられないくらいに澄み切っていた。 俺はオルトと彼の祖父が、この街に移り住んで来たことが分かった。 「こんな風景がこの街の外にはあるんだな」 写真を本に挟み直しながら呟いた。

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