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第15話 ミッドナイト・ブルー④
客のブツに突かれながら、窒息しかけるなんて馬鹿なことあるだろうか。
薄れゆく意識の中で、俺はぼんやりと考えていた。
ミシリ、骨と筋肉が軋む。ヒュウとガス漏れのような音が口から漏れた。
呼吸する為に必要な管が、男の手によって締められている。
目の周りが熱くなり、ドクドクと脈打つ。そして徐々に視界が暗くなる。
俺に覆い被さるように腰を振り続けるはニチャリと笑いながら呟いた。
「出すぞ」
次の瞬間、生温かい液体が俺の体内にぶち撒かれた。
ゆっくりと、焦らすように客が俺の首から手を離す。
やっと自由に吸えるようになった酸素を、胸を上下させながら吸収する。
視界は戻りつつあったが、まだ目元の血管は心臓と同じくらいうるさく響いていた。
「お前のとこの店は多少無茶なプレイでも対応してくれるからやめらんねえな」
タバコに火を付けながら客は言った。咳き込む俺に背を向けながら。
「…いつまでそうやってむせてるんだよ。金はもう払ったから帰れ」
─俺が雇われてる立場じゃなきゃ、お前となんかヤらねえよ。
男が背を向けているのをいいことに、俺はそっと中指を立てた。
いつもなら手紙を渡すのだが、今日はやめた。どうせ読まないだろう。コイツの望む通りさっさと帰ることにした。それに次の予約時間も差し迫っている。
俺は汚れた体を洗うためにシャワー室に向かった。
角が割れた鏡を何の気なしに覗くと、俺は思わず仰け反った。首に赤黒い紐のような痕がハッキリと残っていたのだ。
「こりゃ暫く残るな」
舌打ち混じりに吐き捨てた。最近"ハズレ"の相手ばかりしていたせいか、生傷や痣が絶えない。
俺に客を選ぶ権限などないから諦めるしかないのだ。
誰にでも「ダメな日」偶にやって来る。
それは何をしても失敗したり、笑えるほど運が悪い日だったりする。
今日の俺は運が悪い。それも死ぬほど。
よりにもよって今日、彼の相手をすることになってしまった。
彼はいつも、特に誰かを指名しない。彼が予約した時間帯に、たまたま時間が空いていたのは俺しかいなかったのだ。
目の前の見慣れたラブホテルのネオンを、眼球が乾いてしまうほど睨んだ。
いつもなら飛び跳ねるほど喜べるのに。
足が動かない。俺は結局、ホテルのドアを開けるのにタップリと時間を使った。
遅刻した俺を一切責めることなく、オルトは部屋に迎え入れてくれた。その優しさが首の痣を刺激するなんてあり得ないのに、何故か無性に痛む。
「また会ったね。三回連続なんて本当に初めてだよ」
オルトは顔に穏やかな笑みを浮かべて言う。
本当は俺も喜びたかった。
「…大丈夫?とりあえず座りなよ」
遅刻した上に無愛想な俺に何故優しくしてくれるんだろう?今日はもう部屋から、オルトから、仕事から離れたい。
シャワーはもう済ませた。今から始めよう、といった要旨のメモを見せた。
オルトは戸惑った表情で俺を見た。きっと俺の様子がおかしいことに気付いてくれているのだ。さっきの首絞め親父とは大違いだ。
「…ズオがいいなら……」
思い切って服を脱いだ。室内の生温い空気が肌を包む。
背後のオルトが、息を呑んだことが分かった。
その時彼は泣きそうな顔で俺を見ていた。彼の綺麗な瞳に悲しみが滲み、浮かんでいる。
自分が怪我をしたわけじゃないのに。
そんな顔をさせたくなかった。
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