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第3話

 一郎は学食で、トレイを持ったまま突っ立っていた。  少し離れたところに陸夫がいる。ノートと教科書を広げ、一心不乱に何かを書きつけていた。眼鏡をかけて真剣な顔で、まるで勉強をしているようだ。いや、勉強をしているのだ。テーブルに置かれたコーヒーはとっくに冷めているだろう。周りの喧騒も全く耳に入っていないようだ。  こんなに真面目な陸夫を見たことがなかった。いつもへらへらしていて、会えば必ずセックスだ。それ以外したことがない。  彼の周りには人がいなかった。そういえば、彼が誰かと一緒にいるところを見たことがない。と言っても、たまにすれ違うぐらいなので何とも言えないが。  陸夫は、学内で一郎と行き会っても完全に無視をしていた。視線をちらりともよこさない。一郎をいないものとする、悪魔たちの態度と同じだった。  俺のそばにいろという言葉は、いったい何だったのか。  気を失うほど喜んだ言葉に、しかしまだ、一郎は希望を持っていた。  体を重ねるなんて、一番深い愛情ゆえの行為じゃないか。  陸夫が一郎を愛してやまないのだと本気で思っていた。  出会って2週間で何を言うか。  そして、ツノをいまだに返してもらえていない。  陸夫が寝ているところを奪って去ろうと思っていたが、いつも最後には気を失って、意識を取り戻すと陸夫は横で一郎を見つめていた。夜眠るような時間になると、部屋を追い出される。探すどころか、陸夫が寝ている姿さえ見たことがなかった。  通路でぼうっとしていた一郎は、後ろからぶつかられ、舌打ちされた。小さく謝ってすぐに場所を移動する。空いていたテーブルにトレイを置くと、椅子にすわり、まだちらちらと陸夫を見ながら食事を始めた。  なぜ食べるのか。腹が減るからだ。  もちろん精気も必要だが、空腹感を満たすには食物を体に入れるしかない。おいしいもおいしくないも人間と同じだ。要するにただの好みだ。燃費が悪い。  一郎はコーヒーを飲みながら、陸夫が席を立つまでぼーっと彼にみとれていた。  陸夫はがんがん視線をぶつけられていることに気づいていた。気になって集中できない。ため息をつき、広げていたノートを鞄にしまうと食堂を出た。  彼が一郎を無視しているのは、陸夫がそばにいると、おそらく一郎の周りに誰も寄ってこなくなるからだ。派手な外見は自覚していたし、教師の覚えが目出度くないこともわかっていた。  しかしまあ、おもしろいほどに一郎は一人だった。馴染むために受験までしたのだと聞いていた陸夫は、もうおかしくてたまらない。  全然馴染んでねーじゃん。  腹を抱えて笑いたいところだ。にやにやしていると、前から歩いてきた学生に大きくよけられた。  どうも、そばにいろという言葉が、思いのほか一郎を縛っているようだった。真面目過ぎて一郎の行動はいちいち陸夫の笑いを誘う。しかし本音を言うと、一途に想いを寄せられても、面倒くさいだけだった。  一途な想い? 悪魔にそんなものはあるのか。  陸夫はまさか一郎に、自分を愛しているのは陸夫のほうだと思われていることには気づいていなかった。  セックスの相手としては不十分だとまでは言わないが、十分でもない。一郎が早漏過ぎていつも途中で終わる。そして大体意識を飛ばしている。しかしまあ、かわいいから許す。そして面白い。一郎は決して認めないが、あんなに快楽に弱い人間を陸夫は見たことがなかった。いや、悪魔か。  悪魔ってなんだよ。  今も食事をとっていたし、なにか目を見張るような凄いことをしたことなんて一度もない。たまに学生やら講師やらの股間にうずくまっているのを見るが、それだって、何をしているかなんてわからない。ただの一郎の趣味かもしれない。そして結構浅はかだ。誰にでも見つかってしまいそうなところで行為に及んでいることもある。  羽とツノはどうしたよ。誰かつっこめよ。  それとも、あれは陸夫にしか見えていないのだろうか。可能性はある。発見した時に目が合ったが、彼の瞳はぎらぎらと輝いていた。誰も不審に思わないなど、それこそ抱腹ものだ。  どこからどう見ても、幼いころに見た、死神然としたあの得体のしれないものと同じようには思えない。  陸夫は唸った。そろそろ悪魔らしいところを見てみたいものだ。

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