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第7話

 昼食をとろうと陸夫が食堂へ入ると、一郎がトレイをもってテーブルにつくのが見えた。たまにはそばにいってやるのも悪くないなと思い、注文したカレーが出てくるのを待つ。トレイをもって振り返ると、テーブルを挟んで知らない男が一郎の前に座っていた。陸夫は驚いて二度見する。  え、なにあいつ、しゃぶる以外に人間と交流あったのかよ。  なんとなくじっと見ていると、男が軽く一郎の肩に触れて、一郎がそれを受けて微笑んでいるのが見えた。  じりりと、胸が焼け焦げたような感じがした。  なんであいつ笑ってんだよ。  一郎はめったに笑わない。陸夫ですら、見たことがあるのは2,3度だ。精気を吸う時も、相手と親しくしている様子はなかった。  陸夫は何か胸のあたりがどす黒く不快な感じがした。  男が席を立ち、手を上げて去っていくのを見ると、一郎の座っている場所から遠くもなく近くもない所に、がちゃんと乱暴にトレイを置く。  一郎がびくりとしてこちらを見ると、陸夫を認めてぎょっとした。しかしすぐに目をそらす。もぞもぞと残っていたサンドイッチを口に詰め込むと、慌てて席を立った。何も言わずに陸夫から離れていく。  当然だ。ずっと無視していたのは陸夫なのだから。  なのに、陸夫はなんだか面白くなかった。自分の姿を見た時、一郎は笑顔を向けなかった。行き会ったからといって笑顔を向けられたことなどないのに、今自分に笑顔を見せなかったことがひどく悔しい。  がんがんとカレーの皿にスプーンを突き刺していると、周りの学生たちが静かに離れていった。  釈然としないまま、講義を受けに教室へ入ると、またあの男が一郎と一緒にいた。笑いながら会話を交わしている。  陸夫はずかずかと二人に近づいていって、後ろの席に座り、がんっ、と机を蹴った。  座っていた一郎はびくりと肩を震わせて振り向き、そばに立っていた男は胡乱な目つきでこちらを見る。  何事かを一郎の耳元に囁いて、男はすぐに教室を出て行った。  なんだかすごく面白くない。  胸の辺りはぷすぷすと煙を上げそうなほど焼け焦げていた。  もう一度机を蹴ると、一郎が席を立とうとした。その襟首を引っ張って無理やり座らせる。顔を近づけて、口を開いた。 「なんだよ。お友達できたのか?」 「…………」  一郎は結構すぐ怯える。胸を押さえつけて、ぎゅっと首をすくめると、何も言わず、陸夫を見もしなかった。陸夫は襟をさらに引っ張る。ぐっと息が詰まる音がして、一郎が喉元に手をやった。 「よかったじゃん」  耳元で囁くと、一郎はびくりと体をこわばらせる。頬を赤くして俯いた。  陸夫はなんだか溜飲が下がった気がして、手を離した。  そうだよ。顔を赤くするのは俺が相手の時だけでいい。知らない男にへらへらしてんじゃねえよ。  言いがかりにも程がある。陸夫は自分が苛立っていたという自覚もないままに、満足して椅子にふんぞり返る。  一郎と陸夫の周囲だけ人が一人もいなかった。  一郎が振り返り、何事かを言おうとする。陸夫が顔を近づけると、震える声で呟いた。 「友達じゃない。ノートを貸してくれと頼まれただけだ」  ……良いように使われてんじゃねえよ。  今度は理不尽な感情が一郎に向く。陸夫は一郎の背中をどんと押すと、教室から出ていった。

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