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恋を奏でる爪音:祝福の音色
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帰り道は青墓に向かうときよりも、ふたりの足取りは非常に軽かった。そんな足取りと同様に、ふたりの会話が途切れることなく、延々と熱く繰り広げられる。話の内容は直に見聞きした、今様歌手の素晴らしさが中心だった。
宿で互いの気持ちをぶつけたあとだからこそ、翼の君とは今まで以上に会話が弾んでしまう。他愛のない会話のやり取りをしても、笑顔がなくなることはなかった。
傍から見ても異様に盛り上がる私たちは、気持ちを弾ませながら、着々と足を進ませたこともあり、予定よりも早く帰ることができた。楽しげに話し込む私の目に、愛しい翼の君の帰りを非常に待ちわびた、水野宮様のお姿が留まる。
屋敷の門前に立ちつくし、見るからに憂わしげな表情のまま、そわそわと待ちわびているらしい。
夕日を背にして通りを歩く仲の良い私たちを見つけた途端に、水野宮様は不機嫌丸出しを表すべく、への字口をした。目の前で表情を変えられた水野宮様の態度をキッカケに隣を見ると、次の瞬間なぜだか翼の君がぶわっと赤面する。
想い合っているというのに、相反するふたりの様子の意味がわからず、私は心の中で首を傾げた。
翼の君は小走りで水野宮様の御前まで駆け寄り、丁寧に頭を深く下げてから、しどろもどろに口を開く。
「みっ宮様、大変お待たせいたしました。まさかここまでお出迎えいただくとは、恐悦に存じ上げます。お蔭でなかなかよい土産話を、お持ちすることができましたっ!」
妙に落ち着きのない翼の君の様子があまりに可笑しくて、私は口元を押さえながら近づいたものの、たまらず声をあげて笑ってしまった。
「|鷹久《たかひさ》殿、少々笑い過ぎでございます!」
「ううっ! いや済まぬ。翼殿のあまりにも初々しい姿が、私の笑いを誘って、な……」
顔を背けてこっそり涙を拭い、気を取り直すべく咳払いをした。耳に舌打ちする音が聞こえたので顔を前に向けると、への字口の宮様が眉間に深い皺を寄せながら、不機嫌を凝縮したような声色で告げる。
「ああ、ほんにふたりとも、仲が大層よろしいようじゃのぅ」
水野宮様は不機嫌を顔前面に出し、じと目で私たちを見つめた。その視線に恐れおののいたらしい翼の君は、激しく首を横に振りながら釈明する。
「ちっ、違うんです宮様! 吾と鷹久殿はけして、そのような関係ではないというか……」
意味なく両手を大きく動かしながら、必死になって釈明する翼の君を、私は横目で捉えつつ、さきほどよりも声を大にして問いかける。
「ではそのような関係とは、どのような関係と表現する翼殿?」
宮様に誤解されぬように、おもしろいくらいに慌てふためく翼の君に向かって、思いっきり意地悪なことを訊ねてしまった。
「|鷹久《たかひさ》殿、いい加減にしてください。言葉が足りないだけでなく、この場をどうやっておさめたらいいのかわからず、吾は混乱しているのですから」
私の問いかけに困り果て、泣き出しそうな彼の肩を叩いて宥めてから、水野宮様にきちんと向き合った。
「宮様、大変失礼いたしました。翼殿が仰ったとおり、とてもよい歌い手を見つけた次第でござります。どのような今様であったのか、まずはそれをお聴かせいたしましょう。済まないが私の部屋にある和琴を、宮様のお部屋に用意してくれぬか?」
水野宮様の傍に控えていた女官へ告げると、慌てた様子で屋敷に入っていく。そのあとを追うように皆で屋敷の中へ入り、宮様のお部屋に自前の和琴が運ばれてくるのをしばし待った。
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