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恋を奏でる爪音:遠出2

***  雅楽寮に打ち合わせに来た翼の君に、胸を弾ませながら水野宮様とのやり取りを訊ねる。顔を突き合わせて、すぐになされた私からの問いかけに、翼の君は面食らいつつも、丁寧に答えてくれた。 「宮様に『昨日の歌会で詠んだ予の歌は、どうであった?』と訊ねられました……」 「なるほどな。して翼の君はなんと答えた?」  どこか気が抜けたように、目の前で正座している翼の君の顔色が大変優れないため、あまりいい返答がなされない気がした。 「……宮様のお気持ちが、痛いほど伝わってきました。お相手の姫君は、どのようなお方なのだろうと、周りが噂しておりましたと答えました」 「それを聞いた宮様は、落胆しなかったのか?」  さきほどよりも声を大にして私が訊ねると、翼の君は眉根を寄せながら、渋々と口を開く。 「落胆よりも拳で床を殴りつけて、大変苛立ったご様子を露にされました」 「苛立ちついでに、なにか仰ったか?」 「確か『周りの噂なんか、どうだっていいっ。予の気持ち、わかってくれた?』とお訊ねになられましたが……」  暗い表情の翼の君は右斜め上を見ながら、そのときの様子をやっと答える。 「そうか。そういう話の流れになったせいで、翼の君のお顔の色が優れなかったのだな」  暗く沈んだ翼の君の表情を見ているだけで、私まで気落ちしそうになった。 「宮様の返答に吾は『熱いお気持ちに対して、お相手の方の反応がないのは、とても淋しいですよね』と思ったことを口にしました」 「つっ……、翼の君どうして――」 (『予の気持ち、わかってくれた?』と告白に近い言の葉を宮様が仰っているのにもかかわらず、その返事はあんまりだろう……) 「えっ?」  翼の君からの冷たい返事を聞いた際の、水野宮様のお気持ちを考えたせいで、上擦った声が出てしまった。そのせいで言葉が続かず、喘ぐように口を動かすしかない。声にならなかった私の言の葉は、静寂の中に溶け込んでいく。 「|鷹久《たかひさ》殿?」  きょとんとした面持ちで私の顔を見つめる翼の君を前にして、額に手を当てながら俯いた。恋敵相手にこれ以上、みっともない顔を晒すことができなかった。 「翼の君、すまない。少しだけ待ってくれ。気持ちの整理をしたい」  水野宮様と翼の君のふたりきりで話し合えば、それなりにいい雰囲気になるであろうと思っていたのに、裏切られたこの気持ちをどうすればいいのやら。 (まったく。中途半端な物言いで、誤解されるようなことを仰った宮様が悪いのか。はたまた宮様の言葉の裏を読み、見事に勘違いしてしまった翼の君が悪いのか――)  互いに好き合っているというのに、なぜにうまくいかないのだろうと、俯いたまま頭の中で考えをまとめる私を、翼の君は心配そうな表情で見つめる。 「|鷹久《たかひさ》殿を悩ませるようなことを、吾はしでかしてしまったのでしょうか?」  静かに、だけどはっきりとした口調で切り出した翼の君に、私は俯かせていた顔をあげて、きちんと視線を合わせた。間違いなく困惑を隠しきれない私の様相を、どんな思いで見つめているであろうか。 「翼の君とはこれから一緒に、青墓まで長旅をする。そのときにでも、今の気持ちをまとめた話をしたいと考えた」 「はい……」 「私としては腹を割って話がしたいゆえに、翼の君も同じようにしていただけるであろうか?」 「|鷹久《たかひさ》殿と、腹を割ってお話をする――」 「宮様に告げた翼の君の気持ちが本心じゃないことくらい、傍で見ているからこそわかるのだ」 「そ、そのようなことは……」  絡み合っていた視線が、決まり悪そうに外される。まぶたを伏せて胸元を押さえた翼の君に伝わるように、まろやかさを含んだ優しい声で語りかけた。 「頼むから、自分の気持ちに偽りなく話をしてほしい。今回の旅はいい機会になると思ってな。私たちにとっても」 「|鷹久《たかひさ》殿……。あいわかりました」  了承しながら私を見た翼の君は、姿勢を正したのちに平伏す。それに倣うように目を閉じて、床に額を擦りつけるように頭を下げたのだった。

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