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第16話
雪弥と付き合って3ヶ月が経った。
年末に向けて仕事は佳境に差し掛かって、俺も雪弥も毎日残業。フロア全体がピリピリしてるけど、特に雪弥の上司は気性の荒い人なもんで直接攻撃を受けてる雪弥はイライラと疲労でいっぱいって顔してる。
助けてやりたいが俺も俺で手いっぱい。最近まともに土日を過ごしたことあったっけ。
仕事終わりに軽く飲みに行くことはあるが、帰宅してからも持ち帰った残務に追われる生活で、雪弥との時間を作るのは厳しい。
お互い仕事に妥協したくない性格が、ふたりの時間をどんどん削っていった。
「…と言うことで。各自実績をまとめて今週中に提出お願いします。以上です。」
ため息。ため息。ため息。
全体の打ち合わせを終えた会議室はため息でパンクしそうなほど鬱な雰囲気むんむんだ。
例に漏れず浮かない顔した雪弥も、終了と同時に着信を知らせるスマホを耳に当てて足早に会議室を出ていった。
はあ。また、ため息。
もう何がだるいのかすら分からない。
とりあえず、タバコだ。
「お。」
「あ、れんさーん。」
「珍しい。どう、きつい?」
「そりゃキツイですよ〜。タバコに頼っちゃうくらいキツイ」
「ははっ、お疲れさん」
途中、自販機に寄って缶コーヒー片手に入ったオアシス、もとい喫煙室には先客がいた。
壁に寄りかかってタバコをふかす雪弥の隣に並んで声をかけると、心底だるそうな雪弥が伸びた前髪の隙間から目線だけをこっちに寄越して愚痴を吐いた。
雪弥の香水の匂い。久しぶりだ。落ち着く。そんなこと言ったらキモがられるだろうから言わないけど。
「今週の実績締め切りって伸ばせないですか?」
「バカ言うな。俺が決めてんじゃなくて本社様の指示だよ」
「もう無理だ〜。死んじゃう。過労死しちゃう〜」
「わ、おい雪弥!」
「蓮さんの匂い〜」
会議中から鳴りまくってた社用のスマホを確認していると、んー?とか呑気な声が耳元で間延びして、俺の首筋に顔を埋めた雪弥がわざとらしく深呼吸した。
「会社だぞ。少しは考えろ!」
「もうちょい…。蓮さん、俺結構ほんとにキツイ…」
さすがにここは人が来るし引き剥がそうと身をよじると、壁に寄りかかったまま肩に頭を預けるようにもたれてくる雪弥の猫目が、俺を見上げた。
その顔やめろ。可愛いのわかってやってんだろ。
備わってるはずのない母性が疼いて困る。
「はあ…」
「蓮さんの匂い。好きです」
「おー、それは良かった」
「仕事戻りたくない。今日はもう何もしたくない」
「無理だな。諦めろ。あとその手やめろ」
「え〜?」
前言撤回。俺の母性返せ。
いつの間にタバコを捨てたのか壁から這うように俺の尻あたりをもぞもぞ動く手を捕まえて捻りあげると、子供みたいに拗ねた雪弥がぐーっと伸びをしてドアに向かった。
はあ。俺だってな、二人っきりで何も感じない訳じゃないんだよ。少しは考えろ。
「雪弥。今日残業付き合ってやるから俺んち
泊まる?」
仕事仕事って、たまには息抜きしてもバチ当たんないだろ。
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