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第20話

「れーんさん」 「なんだよ、くっつくな」 「わ、終わったらそんな冷たくするんですか!ひどい!」 それはお前だろ、って言いかけた口をつぐんだ。ジョークにするにはまだ早いか。 あの頃とは比べ物にならないほど俺にべたべたと引っ付く雪弥の腕を鬱陶しいもののように扱いながら、見えないように溢れる笑みを隠した。 買ってきたコンビニの惣菜を食べて、雪弥の腕の中で目覚めた朝は、激務でささくれだった心を癒すには十分すぎるほど幸せだ。 隣で寝息を立てる雪弥に声をかけると、似たようなことを言いながらちゅっと軽く口付け。 「んー、昨日でだいぶ癒されました。仕方ないから今日も頑張ります」 「シャツ無いだろ。適当にクローゼット見て」 洗面台の前、ふたり並んで歯磨きをしながらそれぞれ社用スマホをチェックして、昨晩ちらっと考えた案を口に出すかを考えてた。 リビングのチェストを漁って、これまで使い所のなかったそれをポケットに入れると、なんとなくそわそわしたままソファに腰掛けて雪弥の支度が終わるのを待つ。 程なくしてネクタイを締めながら外行き仕様になった雪弥が、ソファの後ろから腕を回して抱き着いてきた。 お前、勝手に俺の香水使っただろ。 「ちょっと早いけどもう出ます?俺今日部門の打ち合わせのあと出張あって。」 「おう。じゃあ出るか」 俺のこめかみあたりに頬を寄せる雪弥の髪をくしゃっと撫でて、ポケットの鍵にそっと触れた。 別に一緒に住もうとかでは無いけど、あんな関係だったせいか距離感の取り方が分からない。鍵渡したら、なんか重いかな、なんて。 やっぱり雪弥から言われたらにしようかな。付き合ってすぐ彼女ヅラしてくる女とか、嫌いそうだし。 「あ、そうだ。そういえばこないだ取引先からいいお酒もらったんです。今度一緒に飲みません?」 「ん?いいね、飲みたい」 「金曜の締め切り終わったら少し余裕出るし、そのまま俺んちでもいいですか?」 そう言った雪弥がコートを着ながらバッグを漁って何でもないみたいに、「はい」って差し出された銀のそれ。 え、これって。 「俺今日明日で出張なんでいつ渡せるか分かんないんで。うちもともとスペアキー無くて、それ、蓮さん用に作りました」 うわ、まじか。なんか俺、出しづらい。 くしゃっと笑う雪弥から鍵を受け取って俺もコートを羽織った。 正面に立つ雪弥が俺のスーツの襟元を直すように弄って、なぜか意地悪そうな顔して俺を見上げてる。 なんだよ。 「だから、蓮さんのもください」 「…お前、見てたのかよ」 ふふ、と笑う雪弥が俺のスーツのポケットに手を突っ込んでさっきしまったばかりの鍵を手に取った。 まだあげるなんて一言も言ってない俺を尻目に、自分のキーケースにそれをつけて得意げににんまりと笑顔を作る姿が愛おしすぎて、俺は思わず雪弥を抱きしめた。 「あげる。いつでも来て。」 それから2週間。 結局俺らはどちらの鍵も使うことなく社畜を全うしたのだった。

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