27 / 52

これ以上好きにさせないで

(付き合う前の、それよりももっと前のお話) きっかけは、特になかった。 何事にも一生懸命で、どんどん脱落していく同期入社のやつらを尻目に遅くまで会社に残って、仕事してる雪弥を、気が付いたら目で追っていて、なんとなく声をかけるようになった。 あんま無理すんなよ、とか 飯でも行くか、とか。 そうやって深く関わって話をすればするほど、雪弥という人間がとても真っ直ぐで、それでいて「自覚ありの人たらし」なことが分かった。 人懐っこくて、相手の懐に入るのが上手で、酒を飲めば弱音も吐くし、下世話な冗談も言える。 雪弥がこれまでの人生で落としてきた人たちのように、俺も、雪弥の魅力にほだされたひとりだったのだ。 誰にでも愛想を振りまく雪弥の、唯一心を許せる存在になれたら、なんて考えるようになって、でもそれは相手のためなんかじゃない。 誰にでも仮面を被り続ける雪弥を、支配したいだけの独占欲。 そんな汚い欲がどんどん湧いてきて、俺は今日勝負を仕掛けようと意を決した。 忘年会帰りのタクシーの中。 雪弥が潰れてたのは知ってた。 見計らって声をかけて、家まで送って、それで、その後は、 「蓮さん、送ってくれたお礼」 「は…?ちょっ、雪弥…っ」 俺の計画は、エレベーターの中で無惨に砕けた。 挑むような目付き。口元がニヤついてる。それは今まで見てきた雪弥の表情ではなくて、ああこいつ、まだこんな仮面も持ってたんだ。 そう思ったらもうどうでも良くなって。 支配したいなんて考えはもう、微塵も頭になかった。 その手に、その目に、もっと触れたい。 「…付き合いたいわけじゃない、雪弥と繋がりたい。だめ、かな」 プライドも無いし勝算もない。 ただ、雪弥が好き。

ともだちにシェアしよう!