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直接的で鋭利な愛

定時過ぎのオフィス。 繁忙期も過ぎて穏やかな空気が流れ始めた社内は、談笑の声が聞こえるくらいに和やかだ。 ひと段落ついたPC画面をサクッと見直してタバコを片手に廊下に出る。 スマホを確認すると、昼過ぎに客先に行って直帰になっていた雪弥からメールが入っていた。 内容は今日の予定を伺うもので、それならばと喫煙室に向かっていた足を戻して、まだデスクに残る同僚たちより一足早くオフィスを後にした。 「お疲れ。飯どうする?食い行く?」 「あ、蓮さんお疲れ様です。とりあえずそこ座ってください」 会社から直接向かった雪弥のマンション。 まだスーツ姿の雪弥が俺を出迎えて、会社の時みたいな営業スマイルでソファを勧めてくる。なんか様子がおかしい。 並んで座ったソファの前には、テーブルの上で湯気を立てるティーカップがあって、それを一口飲んだ雪弥が俺に向き直って口を開いた。 「今日、会議室の前で何しました?」 「…は?何もないけど。何のこと?」 「とぼけないでください。あんな至近距離で手まで掴んじゃって」 睨む、とは少し違う。責めるような、蔑むような目付きでそう言う雪弥に、そういえば、と昼間のことを思い出した。 今日は見積もりの件で込み入った話がある客が来てて、会議室に入るときにコーヒーを持ってきた女子社員に声をかけた。 「フォルダに入ってる資料を印刷して持ってきて欲しい。」確かに、客に聞こえないように小声で話したが、そんなに距離が近かったとか、手を掴んだとかは、正直覚えてない。 釈然としない俺の様子にイラついたように足を組んだ雪弥は、ため息をつきながら胸ポケットからタバコを取り出した。 「あまり覚えては無い、けど。雪弥が気を悪くしたなら謝る。」 例え俺が気にも留めないようなことだったとしても、雪弥はそれに対して怒ってる。 そう思うと、申し訳なさでいっぱいになって何となく雪弥の目を見るのもバツが悪い。 タバコを咥えて深く煙を吸い込む雪弥の横顔を見るだけで、その目がこちらを捉えることは無く、俺もこれ以上何を言えばいいか分からずに沈黙だけが残った。 「ほんとに悪いと思ってます?」 「ん、俺が悪かった」 「こっち向いて」 やっとそれを破ったのは雪弥の方で、灰皿に押し付けた火種が完全に消えたのを確認してから、少し強い力で俺の腕を掴む。 引かれるままにソファの上で向かい合うように座ると、雪弥の両手が俺の頬に添えられて、ちゅっと軽く唇が重なった。 そのまま抱き締められる体勢で、耳の後ろあたりから聞こえる雪弥の声に耳を傾ける。 「あんまり、仕事とプライベートを一緒にはしたくないです。でも俺、蓮さんのことどんどん好きになっちゃって、割り切ったりできなくて、こういうこと言い出したら蓮さんが仕事しづらくなるのは分かるんですけど」 一息にそう言う雪弥は体を離して、俺は伏し目がちにまばたきをする長い睫毛を見守った。 大きく息を吐いた雪弥の綺麗な猫目が、俺を射抜く。 「蓮さんは俺のだから。そこんとこ、もうちょい自覚して」 困ったような、それでいて、愛おしい人を見るような。 照れ隠しみたいに鼻の頭をかく雪弥がなんだかとても可愛くて、俺はたまらず抱き付いた。 首元から香水が強く香る。 なあ、それって、嫉妬? 雪弥そんなに俺のこと好きになってた? 「ずっと雪弥のもので居させて。そんで、お前も俺のもんだから」 愛なんて不確かで不毛なものに縋るのは本望ではないけど、 他の誰かじゃだめで、お互いがお互いの、唯一無二の存在。

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