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消したはずの気持ち、溢れだしてきちゃった
夜中。ふと、目が覚めた。
スマホのディスプレイを確認すると、せっかくの土曜なのに朝方に近い時間で、とりあえず水でも飲もうかとスマホを片手にリビングに向かう。
嫌な夢。
昔の、雪弥との夢。
雪弥は冷たい目をしていて、俺は余裕ぶりながらもずっと向こうの顔色を伺っていた。
行為の最中にスマホが鳴って、俺を捉えていた視線が逃げていく。
部屋を出て行く背中を見送りながら、会えるのは今日が最後なんじゃ無いか、なんて女々しいことを考えていた。
朝方の冷たく澄んだ空気が、なんとなく首元を締め付ける。
もう寝直す気にもなれなくて、ソファに沈んでメッセージを開くと未読が1件。
雪弥から。
ああ、声が聞きたい。
雪弥の声を聞いて安心したい。
『…ん。蓮さん?』
「ごめん、寝てたよな」
『えっと、なんかトラブルとかでした?』
メッセージから画面を切り替えてダメ元で雪弥に通話を繋ぐと、思いのほか数コール目で、眠そうな雪弥の声が聞こえた。
仕事関係の連絡かと思ったか、まあこんな時間に電話来たらそうだよな。
何やら電話の向こうでガサゴソ動き始めた雪弥に、とりあえず仕事では無いことを伝えると、途端に声が柔らかくなったのが分かった。俺にしか分からない違い。
『こんな早くに、どうしたんですか?』
「いや、別に。ごめん」
『ふふっ、怖い夢でも見た?』
「おい、子供扱いすんな」
『やっぱり俺が隣に寝てあげないと、蓮さんはダメだなあ』
今から行きましょうか?なんて言う雪弥に、絶対迷惑なのは分かってるのに返事を戸惑ってしまう。
実際、ひとりで寝ると嫌な夢を見ることが多くなったし、反対に、雪弥が隣にいる日はすごく寝付きがいい。
依存、という言葉がぴったりハマってしまうくらいに、俺の生活には雪弥が入り込んでいる。
それがどうにもこうにも心地良くて、一般的に見れば良い状態ではないと思いつつも、この毒に侵されるならそれでも良い。それで終わってしまっても良いと思うくらいに、俺にとって雪弥の存在が絶対になってきていた。
『待ってて。今から行く』
「ごめん、雪弥。俺、」
『そういうのは会ったら聞きます。蓮さんの声、いつもより弱くて、なんか心配』
あの時は、俺の気持ちなんて何一つ汲み取らなかったのに。
懐に入れた瞬間、声色ひとつで俺を理解して、俺が一番欲しいものをくれる。
失うのが怖いなんて、勝ち取ったやつらの嫌味だと思ってた。
こんなに真っ直ぐに俺を見てくれる雪弥がどこかに行ってしまうことを想像しただけで、怖くて怖くて仕方がない。その時に俺は、また大人の対応を出来るんだろうか。雪弥の幸せを一番に願えるんだろうか。
身近に感じていた「関係の終焉」は、本命になって遠ざかった途端に、途方もなく恐ろしいものへと形を変えた。
目に見えないことが何よりも恐ろしい。
想像がつかないんだ、今の雪弥との終わりが。
疑う余地のない雪弥が、俺を裏切ること。
あの晩、彼女に別れを告げたように、息継ぎもなく関係を断ち切られること。
考えれば考えるほど、雪弥は遠くなっていって、
「遅くなりました。蓮さん、泣かないで」
玄関の開く音がしてすぐに、リビングに入ってきた雪弥が、俺の頭を抱えるように体を包んで、すうっと吸い込む匂いに安心する。
こんな時間に呼び出して、縋り付いて泣く俺は、雪弥の目にはどう映っているんだろう。
「電話くれてありがとう。ちゃんと側にいますからね」
いつだって優しい、大好きな笑顔。
もうこれ以上、俺は自分を見失いたくない。
雪弥の大きな手が髪をすいて、輪郭をなぞりながら顎を持ち上げた。
視線が交わる。吐息が近い。外気を纏った体が、俺を掴んで離さない。
差し込まれた舌を必死に吸い上げてしがみ付くこの愛は、毒か薬か。
頭の奥が痺れる感覚に陶酔した。
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