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手に入らないと思うと渇きがひどくなった

(セフレ時代です) 慌ただしい社内。 ふと交わった視線は0.1秒を刻むよりも早く逸らされて、俺は手元の画面に意識を戻した。 雪弥とのメッセージは、先週の水曜で止まったまま。 会えます?って誘いがあって、俺の仕事が終わらなくて断りを入れて、そのまま。 あの日は俺の代わりに誰かに会ったんだろうか、とか、そもそも俺が誰かの代わりだったのかな、とか、考えたって意味のない事ばかりが頭の中を巡って、そのたび俺は目の前の仕事に没頭するフリをして自分を誤魔化した。 あの忘年会の夜から一歩前進したように思えた雪弥との関係は、何ひとつ良くなっていなかった。 「蓮さんからお誘いなんて珍しいですね」 「うん、まあ、たまには。仕事はどう?」 「んー、しんどいです。メンタルがやばい」 なんとなく、 賭けのつもりで連絡をしたら、ちょうど客先からの帰りだったらしい雪弥から電話がきて、会社近くのいつもの居酒屋で落ち合うことになった。 いつも通りにへらっと笑う雪弥がいつも通りのハイボールを煽るのを俺はただただ眺めてる。 目にかかる前髪から覗く視線がこっちを向くたびに俺はグラスに手を伸ばした。 社内では交わらなかったそれが重なることに満足してしまう自分に自嘲した。 「今日はこの後、予定ある?」 「んー?特にないですよ」 「そっか」 雪弥のペースに合わせてグラスを空けて、こっちも酔っ払ってきた風を装ってなんでもないみたいに聞いてみた。 女みたいに華奢なくせにちゃんと骨張った指先が、さっきから弄ぶように手元のライターをカチャカチャと鳴らす。 アルコールが進むにつれて雪弥の雰囲気が段々と違ってきて、『後輩』から『セフレ』になっていくのを感じる。 色っぽい目付き、何度身体を重ねても崩れない余裕な笑み。 社内の年下に手を出して、こんな中途半端な関係で。 俺って何がしたいんだろう。 戻れないし、進めない。 すっかり溺れてしまった俺は、このままじわじわと酸素が無くなるのを待つだけだった。 「ちょっと蓮さんち寄ってこうかな。良いですか?」 「うん、なにか酒買って帰ろうか」 現状維持だったとしても、 とにかく引き止めていたい。 それくらい、雪弥が欲しい。

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