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第3話☆
「さあ、叩くよ」
男はそう言うと俺の背後に回った。
逃げるか抵抗するかしたいところだが、両手が自由にならない以上は抵抗するだけ無駄なので、せめて衝撃に耐えようと身構える。
バシィッ!!
派手な音と同時に、尻に痛みが走る。
痛いことは痛いが、さっき食らったパンチの威力を思えば、かなり手加減されているとわかる。
けれども痛みは少なくても、それで尻を叩かれるという屈辱が減るわけではない。
バシッ、バシッと繰り返し叩かれ、次第に尻がじんじんとした痛みと共に熱を帯びてきた。
きっともう俺の尻は真っ赤になっているに違いない。
尻なんて、内臓のある腹や脳に近い顔に比べれば、いくら叩かれても大してダメージのない場所だ。
それなのに、派手な音と同時に痛みを与えられていると、次第に頭がぼーっとしてくるのはなぜだろうか。
「ほら、いい顔になってきた」
男は俺の尻を叩くのをやめてそう言うと、俺のあごに指を添えて顔を上げさせた。
男の顔はぼんやりとかすんでいて、俺は自分の目に涙がにじんでいることに気付く。
「対戦相手に殴られてる時と同じ、気持ちよさそうな顔だ。
いや、今の方がもっといい顔をしてるね」
「そんな馬鹿な……」
「まあ、見てみればわかるよ」
そう言うと男は、全身が映る大きな鏡を持ってきて俺の目の前に置いた。
鏡の中の俺は寝起きのような、潤んだ瞳のぼんやりした表情でこっちを見ている。
「さあ、いくよ。
よく見ていて」
そう言うと男は再び俺の尻を叩き始めた。
見たくなければ、顔を背けることも目を閉じることもできた。
それなのに俺は、鏡の中の自分の顔を見てしまった。
頬は紅潮し、潤んだ瞳は夢見心地で蕩けている。
尻を叩かれるたびに半開きの唇から漏れるかすかな声は苦痛に耐えるうめき声だと思っていたのに、こうして自分の表情と合わせて見るとまるで喘ぎ声のように思える。
与えられる痛みにうっとりとしながらも、これからさらに与えられるであろう苦痛に対する期待に瞳が輝いているその表情を見れば、恍惚としているという表現もエロいという表現も、まだ控えめだったのだとわかる。
はっきり言ってこれは、強い雄に快楽を与えられるのを悦ぶ雌の顔でしかない。
「ああ……」
納得と、絶望と、歓喜と。
様々な感情のこもった声が唇からこぼれる。
自分が、もう後戻り出来ない一線を越えてしまったことを知る。
「別に悲観することはないさ。
何に性的快感を覚えるかは、人によってそれぞれ違うんだ。
君のように痛みを快感だと感じる人間がいても別におかしくはないさ」
「……俺は試合の時もこんな顔をしているのか」
「いや、試合の時はここまでではないね。
だいたい、試合の相手はこんなふうに連続して気絶しない程度の痛みを与えてくれたりはしないだろう?」
言われてみれば確かに男の言う通りだ。
ボクシングはダウンを取ることが目的なのだから、今のような音だけ派手で威力の薄いダメージを与えられ続けることなどないし、俺の方だって試合中で体が動けば当然避けたり反撃したりするはずだ。
だから鏡に映っているこの雌の顔は、今の特殊な状況だからこその表情で、試合中にいつもこんな顔を晒しているのではないのだとわかって、少しほっとする。
「試合の殴られ方では満足できていないのだろう?
せっかくだから、今日は思う存分楽しむといいよ」
男の言葉に、俺は少し迷った末にうなずいた。
こんな顔を晒している以上、もう自分の異常な性癖を認めないわけにはいかなかった。
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