14 / 17
愛しい少年
翌日、アルは昼前に目覚めた。
日課である朝日を浴びる事をすっかり忘れていた。戦に出るようになってから必ず行っていたのに。アルにとっては、いわば儀式のようなものだった。
───まぁいいか。
アルは目を閉じて、眠るハヤテをキュッと抱きしめた。少年の規則正しい寝息に誘われて、そのまま二度寝をしてしまい、ふたりは昼過ぎに起きた。
「腰が痛くて動けない……」
ハヤテが呪いを込めた眼差しでアルを睨む。アルはデレた顔でハヤテの頭を撫でた。
「大丈夫か? 腹は空いていないか? 何が欲しい?」
「……アップルパイが食べたい」
「分かった。すぐに作らせよう。寝ていろ。今日はこのまま寝室で過ごそう」
アルはハヤテの頬を優しく舐めて囁いた。
「昨夜は最高だった。淫らで可愛いかった」
「……なっ!? バカ! すけべ狼!」
笑いながら寝室を出て行くアルの背中にハヤテは枕を投げた。
「死ね! 毛むくじゃら!!」
ハヤテの叫ぶ声を聞いてアルは嬉しそうに微笑んだ。昨夜は無理をさせてしまった。だがハヤテはアルを「ケダモノ」「野蛮人」とは呼ばなかった。
アルの事を「毛むくじゃら」と呼んだ。
たったそれだけの事で、ハヤテが自分を拒んでいないと分かる。その事が嬉しかった。
アルは召使いにアップルパイを作るように言った。ハヤテは今日は動けないだろう。食事は寝室でしよう。
ハヤテの好きそうな本を数冊持って寝室に戻ることにした。開け放たれた窓から気持ちのよい午後の風が通る。今日はベッドで一日過ごそう。本を読んだり、話をしたり、うたた寝をして。
しばらくは平和な時代も良いものだ。ファイサルの言葉を思い出して、アルは穏やかな顔でハヤテの元に戻った。
ブツブツと文句を言う可愛い少年の黒髪を撫でて宥めた。ハヤテは不機嫌だが、アルの大きな手で優しく撫でられて、気持ち良さげに目を閉じた。
召使いの焼くアップルパイの良い匂いがしてきた。甘い匂いにハヤテの唇が僅かに緩んだ。
しばらくは平和もいい。このまま、ふたりで……
アルはそっとハヤテの唇に鼻先を近付けてキスをして、ハヤテは目を閉じたまま黒狼の口付けを受け入れた。
end.
ともだちにシェアしよう!