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愛しい少年

翌日、アルは昼前に目覚めた。   日課である朝日を浴びる事をすっかり忘れていた。戦に出るようになってから必ず行っていたのに。アルにとっては、いわば儀式のようなものだった。 ───まぁいいか。 アルは目を閉じて、眠るハヤテをキュッと抱きしめた。少年の規則正しい寝息に誘われて、そのまま二度寝をしてしまい、ふたりは昼過ぎに起きた。 「腰が痛くて動けない……」 ハヤテが呪いを込めた眼差しでアルを睨む。アルはデレた顔でハヤテの頭を撫でた。 「大丈夫か? 腹は空いていないか? 何が欲しい?」 「……アップルパイが食べたい」 「分かった。すぐに作らせよう。寝ていろ。今日はこのまま寝室で過ごそう」 アルはハヤテの頬を優しく舐めて囁いた。 「昨夜は最高だった。淫らで可愛いかった」 「……なっ!? バカ! すけべ狼!」 笑いながら寝室を出て行くアルの背中にハヤテは枕を投げた。 「死ね! 毛むくじゃら!!」 ハヤテの叫ぶ声を聞いてアルは嬉しそうに微笑んだ。昨夜は無理をさせてしまった。だがハヤテはアルを「ケダモノ」「野蛮人」とは呼ばなかった。 アルの事を「毛むくじゃら」と呼んだ。 たったそれだけの事で、ハヤテが自分を拒んでいないと分かる。その事が嬉しかった。   アルは召使いにアップルパイを作るように言った。ハヤテは今日は動けないだろう。食事は寝室でしよう。   ハヤテの好きそうな本を数冊持って寝室に戻ることにした。開け放たれた窓から気持ちのよい午後の風が通る。今日はベッドで一日過ごそう。本を読んだり、話をしたり、うたた寝をして。   しばらくは平和な時代も良いものだ。ファイサルの言葉を思い出して、アルは穏やかな顔でハヤテの元に戻った。 ブツブツと文句を言う可愛い少年の黒髪を撫でて宥めた。ハヤテは不機嫌だが、アルの大きな手で優しく撫でられて、気持ち良さげに目を閉じた。   召使いの焼くアップルパイの良い匂いがしてきた。甘い匂いにハヤテの唇が僅かに緩んだ。 しばらくは平和もいい。このまま、ふたりで…… アルはそっとハヤテの唇に鼻先を近付けてキスをして、ハヤテは目を閉じたまま黒狼の口付けを受け入れた。 end.

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