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後日談1
アルとハヤテはディザで穏やかな日々を過ごしていた。
休暇など必要無いとあれだけ言っていたのに、アルは休暇を満喫していた。最初の頃が嘘のようにアルはハヤテを溺愛していた。
「ねぇ、もうそろそろ起きなきゃ」
「まだいい」
毎朝、夜明けと共に起きていたアルだが、今は朝寝を貪るようになっていた。
腕の中に小さなハヤテを抱いていると心地よいのだ。もう少しベッドにいたくなり、ついつい寝坊してしまう。
今朝も起き上がってベッドから抜け出そうとしたハヤテをぐいと抱き寄せて腕の中に閉じ込めた。
「ねぇ! お腹空いた」
「ん……そうか」
アルは寝惚けたようにハヤテの黒髪に鼻先を擦り付けた。
この少年はいい匂いがする。甘くて懐かしい匂いだ。だから眠くなるのかもしれない。
しばらくうだうだとベッドで過ごして、ようやく起き出したアル達に召使いのラシュが苦笑いで朝食兼昼食の準備をした。
「今日は出かけるぞ」
「どこへ?」
「ファイサル将軍のところだ。彼も人間と暮らしている」
ファイサルからも一度連れて来いと言われていた。
それに、獣人の町で暮らすことになったハヤテは、長くここで暮らしているハルキと話すことであらゆる不安を取り除けるのではと思ったのだ。
「俺の尊敬する人だ」
その言葉にハヤテは少しほっとした。
アルとラシュ以外の獣人はテオスしか知らないのだ。あれからまたテオスは遊びに来たが、散々からかわれて正直苦手だった。
日差しが優しくなった頃にアルとハヤテはファイサルの元へ出かけた。
「いらっしゃい。君がハヤテだね。はじめまして。ハルキです」
笑顔で出迎えてくれたハルキにハヤテも笑顔で握手をした。人間と話すのは久しぶりだった。
ハルキの後ろに杖をついたファイサルが立っていた。
「アル。今夜は夕食を食べて帰れよ」
少しからかうようにアルに言ってから、ファイサルはハヤテを見た。アルよりも少し大きい獣人にハヤテは少し緊張してしまう。
「よく来たね。私がファイサルだ」
低く穏やかな声にハヤテは肩の力を抜いた。
「はじめまして。ハヤテです」
ぺこりと頭を下げたハヤテにファイサルは目を細めた。
「いい子だな」と、ハヤテを褒められてアルは嬉しそうに尾を揺らした。
ダイニングにはハルキの作った料理が並べられた。懐かしい匂いにハヤテは目を輝かせた。
「これ、久しぶりに食べる!」
「何だ?」アルは興味深そうに見た。
「餅米を肉や野菜と一緒に笹の葉に巻いて蒸したものです」
「美味しいんだよ。ほら」
ハヤテが笹の葉を開いて餅米を手に取り、アルの口元に差し出した。アルはぺろりと食べて、美味そうに目を細めた。
「美味いな」
「でしょう。俺、これ大好きなんだ」
懐かしい料理に、ハヤテははしゃぎながら笑った。無邪気なその顔をアルは愛しげに見つめた。
「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ」
「ありがとう。ハルキさん。すごい美味しいし、懐かしいや」
そんな二人のやりとりをファイサルとアルは微笑ましく見ていた。
和気あいあいと楽しい食事を終えて、アルとファイサルはリビングで酒を飲んでいた。
ハヤテとハルキは庭で食後のお茶と甘い菓子を食べる事にした。何層にも重ねられた薄い生地にピスタチオやクルミがぎっしり詰められた甘いデザートだ。緑の多い緑樹縁のような庭のベンチに座り、二人は話しながらお茶を飲んだ。
「獣人の国で俺以外の人間に会えるなんて思わなかった。ハルキさんはどうしてファイサル将軍と一緒に暮らしてるの?」
「ハルキでいいよ。彼のこともファイサルと呼んであげて。僕は獣人の狩人に捕まって奴隷市場で売られたんだよ」
「! ……そうなんだ。ハルキも狩人に捕まったんだね。俺もおんなじだよ。すごく怖かった」
自分と同じだ。こんなに穏やかに暮らしているのに、ハルキもあのオークションにかけられていたなんて。
「最初は貴族の子供の遊び相手として買われたんだよ。子供といっても獣人だからね。僕よりも背も高いし身体も大きかった。まるで玩具のように扱われて、全身傷だらけだった」
首輪にリードを付けられて、衣服も与えられず裸のままペットのように力任せに引きずり回されていた。叩かれたり、食事を与えられなかったり、ハルキは日に日に弱っていった。
「もともと体力のある方じゃなかったから、僕が弱ってくると子供は飽きてきて食事も与えられなくなった。ちゃんと人間の世話をしなかったことが親にばれると怒られるからって、首輪を外されて捨てられたんだ。逃げたってことにしてね」
「そんな……」
「路地裏に捨てられていた僕をファイサルが拾ってくれたんだ」
あの頃のファイサルは荒んでいた。思うように動かない足に苛立ち、戦えない自分を責め続けて。
用無しだと捨てられたハルキに自分を重ねて見たのかもしれない。
拾われたはいいが最初はこの屋敷で放置されただけだった。
「好きにしろ」と言われて、ハルキは自分で食事をして傷の手当てをした。ファイサルはハルキに無関心だった。
「ある夜、うなされているファイサルの声が気になって寝室に入ったんだ。悪夢で混乱した彼に首を絞められちゃったけど。死ぬかもって思ったよ」
「ええ!?」
「怖かったけど……あの時、ファイサルの怯えた目を見たら自然と彼に触れていたんだ」
ハルキはとぎれとぎれに「大丈夫だから」と、ファイサルの腕を繰り返し撫でた。
すると少しずつファイサルは落ち着き、再び眠りに落ちた。腕を掴まれたままだったので仕方なく一緒のベッドで眠ったのだ。
「それから少しずつ話をするようになって、気付いたら好きになってた。彼を愛してるんだ」
「愛って……だって、獣人なのに……」
「関係ないよ。彼と出会えてよかったと思う。すごく、大切な相手なんだ」
ハルキは優しく微笑んでハヤテを見た。きっと、今の話の他にも二人にはもっといろいろな事があったのだろう。二人の絆は深いのだと感じる。
ハルキはハヤテとアルの事はあえて聞こうとはしなかった。
まだハヤテはアルを愛しているかなんてわからない。セックスはしているが……そうだ。何度もアルとセックスしている。
アルはハヤテの全身を舐め回して、好きだと何度も囁き、それから……思い出して赤くなってしまったハヤテは、ごまかすように菓子を口に放り込んだ。
帰りの馬車でアルは何か考えているようだった。アルとファイサルはどんな話をしたのだろう? そう思いながらハヤテはアルを見上げた。
「どうした?」
「な、なんでもない」
ハルキとの会話を思い出して、ハヤテは赤くなって目を反らした。アルはそんなハヤテをぎゅっと抱きしめた。
「お前が好きだ」
「えっ! なんで今言うの?」
焦るハヤテを不思議そうに見つめながら「いつだって言うぞ。可愛い子だ。ハヤテ、お前が好きだ」低く甘い声で囁き続けるアルをいつも以上に意識してしまい、ハヤテは真っ赤になっていた。
「どうしたんだ。赤いぞ」
「何でもないよ。見るな!もふもふ野郎」
ハヤテが照れたときのその呼び方にアルは笑った。そして、もう一度「好きだ」と言った。
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