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 涼やかな双眸(そうぼう)と高い鼻梁(びりょう)、そして肩までかかっている黒髪が白の衣服と調和している。  年は30前後で、年上の彼に思うのもなんだが、微笑めば口角の下にある笑窪(えくぼ)が現れる。  普段、とても真面目な彼はとても凛々しく、そのくせ笑うと愛らしい。  その表情の違いと、そして色事を生業にしている春菊を自分と同じように扱ってくれる彼に気がつけば心を奪われていた。  だが、所詮(しょせん)自分は春を売る者で、目の前の彼は医師。  身分が違いすぎる。  春菊は小さく首を振り、恋心を追い出すと、二人の会話を何も聞かなかったように文机に汲んできた御茶をそれぞれの前に置いた。  その時だ。ふいに谷嶋と目が合い、揺るぎない意思を持った漆黒の瞳に射抜かれた。 「ええ、そうしましょう」 「……は?」  頷き、静かに告げた谷嶋の前に座っていた楼主は目を瞬かせ、口をあんぐりと開けている。  春菊も谷嶋の言った意味が分からず、時が止まってしまったかのように動かない。 「春菊を身請けします、これで文句はありませんね。金子(きんす)は明日、春菊を迎えに来た時にお渡しします!」  告げると、谷嶋は春菊の小さな肩に手を乗せ、彼が大好きな微笑みを見せた。 「いいね? 春菊」  谷嶋の言葉に春菊は何も考える間もなく、柔らかな笑みを向けてくる谷嶋に見惚れ、ただコクンと首を上下に動かす。 「それでは明日迎えに来ます」  谷嶋を見送るため、大門の前までやって来た彼にそう言われて、再びコクンと頷く春菊だった。  夕日が広い背中を照らし、とても神々しい。  その姿に見惚(みと)れ、何時までも立ち続けていた。

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