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『一緒になろう』  とある一週間前の深夜、体調不良の上に風邪をこじらせた春菊にそう告げられた。 『青が広がる海が見たい』  もう一度、生まれ故郷の――毎日見ていた懐かしい海が見たい。  熱に浮かされ、意識が散漫になりながら、そう言ったことを覚えている。 『だったら見に行こう、一緒にここから抜け出せばいい』  谷嶋は細い目をさらに細め、優しくそう言った。  だが、それはあくまでも自分を励ますためで、まさかこういう状況になるとは思わなかった。だって、谷嶋は将来有望な医者で、自分はただの色子だ。  こんなことはあるはずがない。  期待をすればするだけ絶望が増えるだけだ。  今まで幸福とは無縁だった自分が、まさか想い人である谷嶋とこういう状況になるとは到底思えなかった。  頭が混乱する中、きっとこれは夢だと自分に言い聞かせ、あくる日を迎える。  困惑気味の春菊に、あれよあれよという間に赤を主体とした衣で美しく着飾られていく……。  その中で、春菊は自分のこの境遇がいかにおかしなものなのかを思い知らされる。  囲われることすら知らない自分は、夜伽(よとぎ)さえもしたことがない。  ただでさえ病弱で、食が細い自分だ。  彼には迷惑しかかけないだろう。それに、彼は医者だ。たしか、阿蘭陀(おらんだ)で医術を習ったと聞いたことがある。  情けをかけられている今はいい。しかし、彼はおそらく将来的に嫁を娶るだろう。何も出来ない自分はいつか捨てられる。それとも、嫁がいる中で囲われるのだろうか……。愛おしいと想っているその人の傍らで見窄らしい自分とは違う美しい女性と笑い合うのだ。 ――いつかはやって来る別れを思うと胸が押しつぶされそうになる。

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